ラッキーじゃないやつ
「ねぇ、メイ、この建物って、何でできてるんだっけ?壁はレンガ?屋根は瓦?」
「え?あー、さぁ。申し訳ありません勉強不足で……その、確認してまいります」
ぴゅーっと部屋を出て行こうとするメイを引き留める。
「ああ、待って。別に全然いいの。後でいい話だから。今はえーっと、そう、ノートだったわね。本とはちょっと違って、ほら、紙をこうして何枚か重ねて」
メモに使っていた紙を5,6枚手に取って重ね、半分に折り曲げる。
「この折り目のところをね、糸で縫い合わせたものなの。ほら、本みたいにめくって書き込んでいくんだけど、せっかく書き留めたものがバラバラにならないようになっているの。人にメモとして渡したい場合は逆に不便ね。自分で残しておきたいことを書いておくためのものね」
そういえばイザートが日記を書いていた本も白い紙を束ねたものだけれど、やっぱりあれはノートというより本と呼びたい代物だったなぁと、思い出す。
「小さな本みたいなものがノートなのですね。確かにバラバラな紙に書いたものを後でくくるよりも、はじめからくくられた紙の方がなくさなくて済みそうです!」
ああそうか。そういえばイザートが仕事で書類とにらめっこしてたけれど、あれもなんかキリかなにかで穴を開けて紐を通して閉じてあるものが部屋の隅にどーんと積まれていたような気がする。そうか、書いてから綴じるスタイルか。ルーズリーフみたいだね。
と、どうも、いろいろなことが頭に浮かんで考えがまとまらない。
「また、思い出したらお願いするので、とりあえずそれだけ、セスに渡して置いてもらえる?えっと、私は今日はもう寝るので。あ、風呂は行儀が悪いけれど朝起きてから入ろうと思うので……」
疲れていると脳が働かない。集中力にもかける。そんな時は寝るのが一番だ。明日は朝風呂とちょっと贅沢をして1日をスタートしよう。
「畏まりました」
メイが部屋を出ると部屋にもう一人いた侍女……ミミリアと一緒に悪いことをしようとしていたマチルダだ。
マチルダが寝間着を準備する。着替えを手伝ってもらうのも侍女の練習のための一つだけれど、今日は疲れていたから自分で着替える。その間に、マチルダが洗面器とタオルとお湯と水を持ってきた。
「少し目や肩を温めるだけでも疲れが取れるかと思います」
と、少し熱めのお湯にタオルを浸してぎゅっと絞った。
「熱くない?」
マチルダの手が真っ赤になっている。
「どうぞ、私のご心配は無用です。さあ」
固く絞られたぽかぽかのタオルを目元に当てられる。
ふわぁ気持ちがいい。
それから首筋から肩にかけても温かいタオルが当てられた。こちらも気持ちがいい。
「ねぇ、マチルダ、すぐに手を水で冷やしてね……さっき真っ赤になっていたでしょう?……ありがとう、気持ちいいわ」
あ、そうだ。蒸し器もプリンのために作ってもらったけれど、蒸しタオルもできるよね。マチルダのように熱いお湯で手を赤くしなくても済む……。
あまりの気持ちよさに、そのまま眠ってしまった。
「あーもう、みんな仕事早いわ!完璧すぎる!」
朝すっきりと目覚めると机の上にはA5サイズくらいのノートが用意されていた。それも3冊も!
「おはようございますリコ様、お風呂の準備が整ってございます」
そうだそうだ、今日は贅沢に朝風呂!
侍女として風呂で体を洗ったり着替えを手伝ったりいろいろな仕事の練習も必要だけれど、こればかりは私を練習台にして頂戴とは言えなかった。いや、生まれた時から世話をされている貴族ならまだしも、無理だよね?大人になってから急に誰かの前で素っ裸になって堂々としていることも、体中くまなく誰かの手で洗われることも。罰ゲームにしかならない。というわけで、入り口で侍女さんたちとはお別れ。
湯気がもくもくと立ち上る大きな湯船。西洋風世界なのに風呂は和風でよかった。
「誰だ。俺の世話は必要ないと言ってあるだろう!」
「え?ええ!イザート?!」
桶を手に取った物音で、湯船がざばりと水音を立て、そして湯気の中からイザートの姿が現れた。
私、タオルを体の前に持っていて隠れているけれど、イザートは何も隠していない。
鍛え上げられた筋肉が目が向く。
「リコか?」




