ビシ?
「そうだな、安定して収穫できる闇侯爵領は、人が生きていくのに必要な麦を作るのに最適だ。確かに収穫できたりできなかったりする地域では命にかかわりのない物を作ったほうが国全体での影響は少なくなるだろう」
イザートの目が私の目をまっすぐと見ている。
「俺は良くも悪くも闇侯爵だ。闇侯爵領を治める領主で。どうしても、闇侯爵の領民を中心にいろいろと物事を考えてしまう」
「それは、当たり前のことだわ。ううん、違う、自分のことしか考えない施政者だって世の中にはたくさんいる。領民のことを考えて働きすぎなくらい働くイザートは立派だと思う」
イザートがテーブルの上に置いていた手の上に、手を重ねた。
「リコ、俺の聖女……いいや。リコは闇聖女どころか、本物の聖女のようだ。国全体のことを考えている。誰一人として不幸になってほしくないと……」
イザートが壊れ物を扱うような手つきで、私の手をそっと包み込んで、自分の口元に運んだ。
熱い唇が私の手の指先にそっと触れる。
ひえぇぇ!
恥ずかしさに顔が真っ赤になる。
これって、どうなの、手をひっこめても失礼じゃない?こちらの世界では割と普通なの?どっち?
「イザート様、女性の手にむやみに触れるのはどうかと思います」
セスの冷たい声に、急いで手をひっこめる。
うわー、触れられた左手を右手で包むようにして握る。
ああ、イザートの唇の感触が指先に残ってる。
ちらりとイザートの整った顔に視線をむけると、ついつい、彫が深くて鋭いけれど優しいまなざしではなく、つややかで口角の上がった唇を見てしまう。
「マヨネーズの次は何が食べれるの?」
ビビカが空気を読まずに声を上げたことにほっとする。
侍女がそれをきっかけに次の料理をテーブルへと置いていく。
「ん?またマヨネーズみたいな色だな」
イザートがスープを見て目を丸くした。
「ビシソワーズでございます」
侍女がスープの名前を口にする。
「試食したあのスープですね。それを早速食べられるなんて私は幸せですね」
セスがにこりと微笑む。
「ああ、ジャガイモのスープだな。確かに味を見てくれと言われて食べたが、あの時点で充分美味かったなぁ」
庭師のトムさんが目じりを下げる。
「トムさんが試食してから、鶏がらスープの濃度を変えたり、ジャガイモの品種を変えたりと料理長が研究に研究を重ねた逸品です」
ミミリアがにこりと笑った。
「くっ、なんで、主人の俺が一番最後まで飲んだことないんだよ……俺だって試食でもなんでもしてやるのに」
ぶつぶつ言いながらイザートがビシソワーズをスプーンですくって口に運んだ。




