妬み、嫉妬
一流レストランなんかでも、コースの次の料理を出すタイミングを、お客さんの食べる様子を見ながら合わせるとかはあると聞いたことがあるけれど……。プロの仕事はマニュアル通りですべて動くだけじゃだめなんだなぁ。その時々の食事の様子を見て臨機応変に対応しなくちゃならないんだ。
「ありがとう、ミミリアがいてくれて助かったわ。いくら練習しましょうって言っても、指導できる人がいなかったら意味がないものね」
本心からお礼を言うと、ミミリアが顔を真っ赤にした。
「うらやましかったのです……まぶしかったのです……」
今にも泣きそうに顔をゆがめて顔を真っ赤にしたミミリアが下を向いてしまった。
「若い侍女が大聖女様付きの侍女になると夢を語っているのが……まぶしくてうらやましくて……何年も目指して頑張ってきた私は……結局その努力が実ることはなくて……いつの間にか……あんなことを……」
努力して、頑張って、そうして、夢が叶わなくて……。
妹は家に引きこもってしまい、母は心を病んだ。
私のように、すべてをなげうってまで何かを目指して努力を続けたことのない人間には気持ちは分からない。
だけれどきっと……。
「夢を諦めなければならないのはとても辛いこと……なのね……」
と、それだけは分かる。妹を、母を見てきたから。
体の一部を奪われたような気持ちなのだろうか。心をなくしてしまったような気持ちなのだろうか。
どこか諦めきれなくてしがみついているときが一番辛そうだった。
もう、すっかり時がたって、ピアノを弾かなくなって何年かしたらつきものが落ちたように妹は変わった。
結婚すると笑っていた。きっと、新しい夢ができたのだろう。結婚して幸せになるという夢が。
「今思えば、私のように心の醜い人間が、大聖女付きの侍女に選ばれるわけがないと分かります……」
「あら?心が醜いわけじゃないと思うわ。人を妬んだりするのは普通のことでしょう?うらやましいだとか妬ましいだとか……時には憎いだとか……。聖人じゃないのだから、いろいろ思うわよね?イザート」
イザートに話を向ける。
「ん?ああ、そうだな。俺も、なんで闇侯爵なんかに生まれたのかって、何度も思ったな。精霊の加護が欲しいと他の侯爵をうらやましいと思ったことも数知れないぞ?」
そうか。やっぱり、イザートもそう思ったことがあったんだ。
そして、そういう過去をあっけらかんと話せるということは、乗り越えたんだよね?
「セスはどうなんだ?」
イザートが今度はセスに話を向けた。
「闇侯爵邸に派遣されている私に聞きますか?それはつまり皇帝付きの筆頭執事ではないと言うことを示しているのですが。それだけで伝わりますか?」
……無表情でゆるぎない矜持がありそうなセスさんも?そんな人間らしい心が?




