俺の聖女
「セス、イザートに連絡してくれたのね。ありがとう。それからイザートも……忙しいのに戻ってくれてありがとう」
慌ててイザートに体を向けてお礼を言う。
「あの、アイサナ村のことでいくつか確認したいことがあって、本を借りようと思ったんだけど……」
「はぁ?本?いや、俺に会いたいってのは、本が欲しいってことか……?」
イザートが眉根を寄せた。
ああ、さらに不機嫌になってしまった。
そりゃ、忙しい中わざわざ時間を作って戻ってみたら部屋の鍵がかかってて本が取れないとかだったら腹も立つよね……。
ふぅーっと、イザートが息を吐きだして、私の頭をぐりぐりと乱暴に撫でまわした。
「聖女としての仕事をしようとしてくれてるんだな。リコ……俺は早々に皇帝選定など放棄したというのに」
「あ、いや、聖女としてじゃなくて、リコとして……その、アイサナ村の人たちに何かしてあげたいって……単に、私の我儘というか……皇帝選定とか、その……ごめんなさい、私も、それは考えてなくてっ」
皇帝選定のために本が必要だっていえば、もしかしたらイザートにも今回呼び戻されたことを少しは許してもらえるかもとちらりと頭をよぎったけれど。嘘はつけない。
「は、はははっ。いや、そうだ、それだよ。それ、リコっ」
へ?
「い、イザート?!」
なぜだか笑い出したイザートが私をぎゅっと抱きしめた。
「皇帝になりたいから助けるなんて、俺には理解できない。助けたいから助ける。……そして皇帝選定の対象に選ばれたアイサナ村は水侯爵に助けてもらえるだろうから、助けようなんて全く考えなかったけど……リコは、皇帝選定とは別に助けたいって思ったんだよな。ああ、リコ。俺の聖女は優しいな」
ぎゅうぎゅう抱きしめられて息苦しくなってきた。
「イザート、干ばつは、水侯爵が水を降らせれば確かに解決するんだけど、問題はそれだけじゃないの」
イザートが私の体を離すと、にぃっと笑った。
「大丈夫だ。選定会に選ばれた場所に食料支援などするための予算は組んである」
「それよ、それ!本も読みたかったんだけど、イザートに聞きたいこともあったの!闇侯爵領は豊かなの?他の領地の支援ができるほど作物が採れるの?それはどれくらい?」
イザートがちょっとセスに視線を向けた。
「セス、執事ならば当然知ってるだろう?」
「ええ。侯爵様がご存知のことであれば私たち執事も当然学んでおります。知らないことがあった場合にこたえられるよう、知識だけなら侯爵様に負けるようなことはございません」
セスの返事を聞いて、イザートがチッと小さく舌打ちした。