忘れる
「ふふ、セスさんでも、そんなに表情を変えることがあるんですね。セスさんはあまり顔に表情が出ないタイプだと思っていました」
「あ、いや、私もまだまだ執事として未熟です……」
セスさんがすぐにいつもの無表情に戻った。けれど、ちょっとだけ恥ずかしそうな目をしている気がする。
そうか、無表情は執事として訓練して身に着けたので、元々のセスさんは感情も豊かだし顔にも出やすいのか。
私は、セスさんを信用するつもりはなかったけれど、執事としてのセスさんは信用しようと思った。だけれど、セスさん自身のことをもっと知りたくなった。
「未熟と言いますが、イザートが頼んだことのいくつかを忘れてしまっていると言っていましたけれど……」
セスさんの目に光が戻る。
「イザート様は、少々働きすぎです。このままでは倒れてしまうと、私の判断で今ではなくてもいいことは忘れたふりをさせていただいております。どうしても必要なことであれば、2度3度と同じ指示をするはずですので。それから、闇侯爵領とは違い、この屋敷は半分皇帝陛下の管理かにありますので。人件費や館の修繕費などの資料はイザート様に必要があるとは思いません」
嫌がらせじゃなかった。
確かに働きすぎだものね。口で休んでって言っても、休みそうにない……と、セスさんは判断したんだ。
「あの、イザートの……その闇侯爵に使えるということが嫌では……?」
「執事というもの、好き嫌いで仕事をおろそかにするようなことは致しません。そのようなものはいつまでも従僕から執事へと出世することはありません。それに、執事と言うものは、自分で主人を選べるだけの立場にありますから。嫌ならやめるだけです」
うわー、そうなのか。
資格職のようなものなのかな。看護師や保育士の資格があれば、再就職先はすぐに見つかるみたいな。いやいや、そんなブラックが多い仕事と一緒にしちゃだめか。医者みたいなものかな?
「それに、私はイザート様には好感を持っておりますよ。執事は使用人を守るのが責務だと言いましたが、私が守らなくてもイザート様は使用人のことを考えてくださる」
ああ。確かにね。うん。人件費が気になるというのも、もしかしたら安くこき使われてないかとか気になったのかもしれないし。
「もちろん、私はリコ様のことも、好ましく思っております。それでは失礼いたします」
ふっと口元だけ小さく笑って、セスは立ち去って行った。
うひゃー。セスが、いつもクールなセスさんが笑ったよね、今。
ああ。私、ほっぺがちょっと赤くなってるんじゃないかな。
恋愛とかそういうのでなくても、人に好きだって言われるのって嬉しい。……私という人間が認められたようで。必要とされているようで……。
妹じゃなくて、私を見てもらえる。家族のために頑張っているねと、家族を含めた私じゃない……。可愛い妹がいる私でも、面倒を見なくてはいけない母親がいるかわいそうな私でもなく。




