セス
だけど……。
「油を、あと2本。全部で3本でいいわ。菜種油を3本使えるようにしておいて。チップスはそのとき説明するから」
もしかしたら、アイサナ村を救えるかもしれない。
いや、今すぐ救えるわけではないけれど、未来のアイサナ村は変われるかもしれない。
それには、まずは油をたっぷり使った料理をイザートに食べてもらう。
そうして口に合えば、広める。広めるために侯爵を招いた食事会を利用する。それまでにいろいろと準備を整えられるだろうか。
いや、整える。
そのためには、いくつかイザートに確認しなければならない。
油の入った徳利を料理長に返して、踵を返す。ああ、そうだ。もともとここに来た目的を忘れるところだった。
「レシピとして販売してもいいと思うものを考えておいてね」
料理長に一言声をかけて、今度こそ足早に調理室を出て、イザートの部屋へと向かう。
ああ、頭が沸騰している。
いろいろなことがぐるぐると頭を回って。
イザートの部屋の前まで来て、ノックをする。
返事が帰ってこない。仕事に熱中しているのか、寝ているのか。
しつこくノックをしていると、後ろから声がかけられた。
「リコ様、イザート様はまだ領地からお戻りになっておりません」
セスさんだ。
そういえば、領地に戻って片付けないといけないことがあると言っていたっけ。まだ、戻ってないのか。
どうしよう。すぐにでも確認したいのに。
ああ、違う、違う。焦っても駄目。
私自身の頭の中でも、まだいろいろなことがぐるぐるとごちゃまぜになっている。
「本をいくつか借りたいのだけれど」
セスさんが眉尻を少し下げた。
「申し訳ありません。イザート様が不在のときは、聖女様とはいえ部屋に入れるわけには参りませんので……」
セスさんが扉のノブに手をかけてグイッと引っ張り、鍵がかかっていることを私に伝える。
そりゃそうか。使用人の誰かが忍び込んで悪さし放題じゃ困るもんね。……って、普通不在の時に掃除などをしてもらうのでは?使用人入るよね?
……信用、してないのかな。
ずきりとちょっと心臓が痛くなった。
私も……。信用されてないんだ。
そりゃ、まだ会って数日しかたっていないし。異世界から来たなんて秘密も打ち明けてないし。信用してって言う方が無理か。
私はイザートのこと、いい人だと。よい領主なのだろうと思っているのに。
じゃないや。
何、寂しいって思ってるんだろう。
私だって、イザートのこと、信用しきってないのに。自分のことは信用してもらえなくて寂しいなんて。我儘すぎるよね。
……信用できたら、異世界から来たということも打ち明けられるのかな。
信用しても、異世界から来たと言った瞬間に信用を裏切られるかもしれないと不安で言えないのかな。
落ち込んだ表情を見せた私を慰めるように、セスさんが声をかける。
「本でしたら、私が皇帝宮まで行って借りてきましょうか?」
「え?セスさんが?」
驚いてちょっと大きな声を出してしまった。
「私は闇侯爵邸の執事として派遣されておりますが、一番の役割は、皇帝宮と闇侯爵邸との連絡役ですから」
「そう言えば、使用人に関することも報告を上げると言ってたわね……」
私の言葉に、セスがうっと言葉に詰まった。
「いえ、それは……リコ様がおっしゃったように、聖獣様にお任せいたします」
聖獣に任せれば真実しか報告できない。セスさんは、心を入れ替えて働いているように見えるけれど、たんに悪い報告をされたくなくて仕事をしているのかな。
……心を入れ替えたわけではなくて、闇侯爵や闇聖女である私にはあまり良い感情はもってないのかもしれない。
セスさんが、何を考えているのか私にはよくわからない。本を取ってきましょうかという言葉も、純粋に親切心なのか、それとも仕事としてマニュアル通りの対応をしているだけなのか。
セスさんの表情の変化は些細で、今はほぼ無表情だ。
私が不信の目を向けたことは、伝わってしまったみたいで、セスさんが私の目をじっと見た。




