人参の使い道
「ああ、もちろん料理人本人が書くわけじゃないですけど。弟子だったり、写本技術者だったりが書くんですが、たくさんのレシピを持っていると、どれだけ書いても追いつかないみたいですから。貴族や、貴族に紹介された人が優先されますし……私たちの手元に届くのはずいぶん先になります。まぁ、特急料金を支払えば優先的に手に入れられないこともないんですが。さすがにそこまでのお金は出せないかなぁって」
マーサが残念そうな顔をした。
「だから、リコ様がおいしい料理をいろいろ教えてくださるのがすごく幸せなんです。食べたことのないものを食べられるなんて……私、闇侯爵邸に配属が決まったときはどうなるかと思ったのですが……あっ」
マーサが失言したとばかりに口を押えた。
「マーサ!」
がしっとマーサの両肩をつかむ。
「ありがとう!」
「え?あの、リコ様?」
いろいろとヒントをもらった。
レシピを売る。お金になる。支援するための資金。
まずはスープだ。スープを作るためのこし器も必要となるから、こし器も売れる。使用料が入ってくる。
「ちょっと料理長のところへ行ってくる!」
驚くマーサを置き去りに、料理長の元へと足を運ぶ。
「料理長!レシピを売るのはどう思う?」
突然調理場に現れた私の姿を見て、料理長がぎょっとして手に持っていたお玉を落としてしまった。
ごめん。驚かせてしまった。
「後は頼んだ。りこさま、レシピを売るというのは……」
料理長が、調理人に指示をしてから私の元に来る。
「もちろん、私を含め、ここで働く者は勝手にリコ様に教えていただいたレシピを売るようなことは致しませんが」
ああ、そうか。私が教えたってことになるのか。でも私はヒントだけ与えて、実際に改良して美味しい物に仕上げるのは料理長だけれど。誰のレシピなのかと言われれば、ここでもいろいろとややこしい話になるのか。
会社であれば、開発したものは会社の所有物になるんだっけ。
会社か。この世界だったら商会かな?
「闇聖女商会を作るわ。そこでレシピを売りましょう。売り上げは闇聖女商会が8割。私が1割。そして私の教えたものを元にレシピを開発した料理長も1割でどうかしら。もちろん、他の人が考案したレシピも同じように扱うわ。あ、闇聖女紹介の売り上げ、つまり8割の使い道だけれど、商会の維持管理運営費を除いてすべて、社会福祉に回したいの……と、社会福祉って言葉はないかしら。孤児のためだとか、アイサナ村のように日照りで困っている人たちへの食糧支援だとか、他にも、食べることに困って命を落とす人が無いように助けるために使いたいの。賛同してくれるならば」
思いついたことを、早口で口にする。
……思いついたことを、後で思い返すと「闇聖女商会」ってとんだ名前だな。略して闇商会……これ、駄目なヤツじゃんとか。勢いで口にすること怖い。いいや、あとで詳細はつめるとして。
料理長が口をつぐんだまま、一言も話をしない。……賛同しかねる話だったかな。
そうだよね。苦労してレシピを開発しても、自分で自由にできないのは……。
「あの、1割と言わずに、希望があれば言ってもらえる?なんなら買い取りという手も……その……」
この世界のレシピの扱い方をよくわからないけれど……。
料理長が、にんじんを一つ手に取った。土がついて、葉っぱもついた状態だ。運ばれてきたばかりだろうか。
「リコ様、これが闇侯爵様たちの食卓に上るまで、どういう工程を経るか知っていますか?」
「葉っぱのついた頭を切り落とし、よく洗って泥を落としてから、皮をむいて、料理に合わせてカットしたりして使うんでしょう?」
生でサラダで食べることもあるし、煮込んで使うこともある。そうだ、すりおろして使うこともあるよね。お菓子にも使えるし、ジュースにして飲むこともある。人参は本当にいろいろと食べることができるし、栄養もあって彩にもなる優秀な野菜だと思う。
「その通りです。リコ様はなぜ、貴族階級の調理法をご存知なのですか?」
「え?貴族階級の調理法?」




