水侯爵と水聖女
ドラゴン……じゃない、聖獣に乗って移動するのって、まさか時間を短縮する移動手段という話じゃなくて、聖獣じゃないとたどり着けない場所に行くためだったなんて!
それじゃぁ、私には無理です出て行きますってできない。もう、後には引けないってやつなのでわ!
「あー、降ろして、降ろして!その辺の街まで送ってなんて贅沢言わないから、地面に、地上にっ!」
やっぱり私に聖女なんて無理だし。
皇帝に会うとか無理だし。
いくらイザートが大丈夫って言っても、なんだか信じられないし。
「しなければいけない仕事なんてものもない。なぁんにせずに好きなように過ごせばいい。たった1年だ。1年あそこで美味しいもの食って過ごすだけだ。何も一生閉じ込められるわけじゃないぞ」
「お、美味しいもの?」
ぐぅーっとお腹がなった。
「ほいほい、おかわりおかわり」
グイッと再びイザートにパンを口に突っ込まれた。
1年……美味しいもの。う。
地上に下ろしてもらっても、私にサバイバルは無理なのだから、おとなしくここはイザートについていった方が得策……よね。
1年の間に、この世界の常識とか学んで、生きていく術を手に入れればいいんだもの。
あー、美味しい物って何だろう。
このパン……固くて口の中の水分奪われて、正直あまり美味しくないんだよね。小麦粉の味はやたらと主張してるけど。私はふんわりバターの香がするとかミルクの甘味があるとか小麦粉以外の風味があるパンの方が好き……。
ふっ。我ながら、現金なものだなぁ。生きるか死ぬか、食べる物が無いときは食べられるだけでもありがたくてありがたくて仕方がなかったのに。美味しいものが食べられると聞いたとたんにこれだ。
むぐむぐパンを丁寧に噛んで飲み込む。
◆
雲の上のお城の上空まで来た。
「もう着陸するよー」
ビビカの声に、最後のパンのひとかけらをしっかり飲み込む。
見下ろすと、立派な塔が立っているお城が中心にあり、周りはカラフルな六芒星になっていた。
六芒星の中央の六角形の部分の耐部分は美しい庭園になっている。真ん中のお城のデザインはノイシュバンシュタイン城に似ている。シンデレラ城のようだと言えば分かりやすいだろうか。
六芒星のそれぞれの三角の部分がは、青い屋敷、赤い屋敷、緑の屋敷、黄色の屋敷、茶色の屋敷、黒い屋敷と、それぞれ特徴的な色合いの屋根や壁の建物が建てられている。
ビビカが黒い三角の外側にゆっくりと下りた。
すぐに、イザートが私の腰に手を回して、ビビカから飛び降りる。
「ちょっと」
一言声をかけてくれないとびっくりすると文句を言おうとイザートを睨み付けると、イザートは不快そうな表情でずいぶん前方を見ていた。
え?何?
「おやおや、闇侯爵イザート殿、このまま欠席するのかと思ってましたよ」
イザートに腰を抱かれたまま、足先が地面から浮いている。
「水侯爵ハーレー、わざわざ俺を出迎えか?待たせて悪かったな、ちょっとなかなか気に入る聖女が見つからなかったんでね」
イザートが私を地面に下ろすと、挑発的な口調で声の主に言葉を返した。
やっと、体の自由がきき、イザートが不快な目を向けているのがどんな人物なのかと見る。
水侯爵と呼んでいた。
うわ。髪の毛が青い。金色に脱色して、水色に色を入れたような色だ。
腰まで伸ばした水色の髪の毛はまるでファンタジーゲームのキャラクターのよう。いや、ここファンタジーの世界だっけ。
「ぷっ。まさかと思いますが、気に入った聖女というのは、その……」
水色の長髪のちょっと目が細いけれど整った顔立ちの男の人の横には、同じような水色のふわふわの髪のかわいらしい女性が立っていた。
20歳になるかならないかの若い女性だ。肌が白くてふっくらした唇。天使のようなかわいらしさがある。
「なんと言いますか、個性的な服装の、方ですわね?どこのゴミ捨て場から拾っていらっしゃったの?」
水侯爵のハーレーの腕に手を絡めるようにして体を密着させている。
ゴミ捨て場?
まるで天使のような容姿の女性から飛び出した単語にうっと息をのむ。
まぁ、確かに、ダメージジーンズは、ずいぶん長いことはいて穴が開いたように見えるし、3日間のなれないサバイバルで、泥まみれ。草の汁まみれ。あちこち小さな木くずや枯草などもくっついています。うまい表現をしたものだ。
と、私が感心していると、イザートが私を背にかばうように女性の前に歩み出た。