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■加護なしハズレ闇侯爵の聖女になりまして~ご飯に釣られて皇帝選定会に出ています~  作者: 富士とまと


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精霊がいない世界

 樽のようなものを荷車に乗せて運ぶ?

 それとも、樽のように水を入れられるものにタイヤを付けて一輪車のようにして運ぶ?

 一番近い畑までならまだしも、遠くの畑まで運ぶなんてとてもじゃないけど……。

 井戸から畑まで用水路を作ったらどうだろうか。

 川から用水路を引くのは無理でも、井戸からなら……いや……。

 井戸から引き揚げたバケツについていたロープを眺める。摩耗しているところからバケツまでの長さ……。両手を広げて図る。

 だいたい両手を広げ、指の先から指の先までが、身長と同じくらいだと言われている。だから、だいたい私の場合は150~160センチくらいだ。それでが4回分と半分くらい。

「6mから7m……浅井戸だ」

 30m以下なら浅井戸。それより深ければ深井戸と呼ばれている。江戸時代とかに見られた多くの井戸は6~15mほどの浅井戸だったらしいけれど……。15mと6mじゃ雲泥の差だ。……6mならば、掘れる……気がする。

 よし。

 立ち上がると、再び畑へと向かった。

「滑車は……どこで買えるのだろうか?本で調べるか、誰かに教えてもらうか……」

 ゴードンさんの顔が浮かぶ。

 こし器と蒸し器を作ってくれた鍛冶屋だ。滑車は金属だから聞けば教えてくれるかな。スコップも欲しい。この世界にスコップはあるだろうか。それから梯子。

「……ゴードンさんに、無理をお願いしてみようか……」

 駄目でもともとだ。お金は日当で支払うように掛け合ってみよう。できても出来なくても品が納品されなくても1か月分の日当を払うということでどうかな。

「ああ、材料費もいるか。日当+材料費……」

 結構な額になるんじゃないかな。イザートに許可をもらわなければ。

 畑のあるところに井戸を掘る。井戸から水をくみ上げて畑にめぐらせた用水路に水を流せれば……。

 すべての畑にというのは難しいかもしれない。けれど、畑の一部は干ばつでも何とかなるようになるんじゃないだろうか。

 水田に、春になると水を張る様子を思い出す。

 農業用水路の栓を抜いて、田んぼに水を入れる。用水路から引き入れる水の口は、1か所なのに、何日かすると広い田んぼすべてに水が行き渡っている。1か所から広がっていく。

 流しそうめんをするときの竹のような簡単なものでもいいのかもしれない。水はどれくらい先まで流れていくだろうか。その竹に穴を開けて置けば、水を落としながら先へと流れていくのではないだろうか。

 それともやはり地面に溝を作り、川のように水を流す方がいいんだろうか。川からなら水の流れを作れば流れていくけれど、井戸から水をくみ上げないといけないなら大量に流すことはできない。あまり遠くまで水は流れて行かないかもしれない……遠くまで流すには水が染み込まない水路……。

「あー、流しそうめん風が一番簡単に遠くまで流せそうなのに、竹がないよねぇっ!」

 あんな便利な植物はないよ。本当!見渡す限り竹林なんてない。それどころか、木を使おうと思っても山から切り出して運んでくるのは大変そうだよ。

 いろいろと考えても、結局は実現できそうにないことばかりだ。

 でも……。10年、20年どころか100年も200年もずっと同じようなことが繰り返し続くのであれば。

 たとえほんの少しずつだって……井戸からの水をまける範囲が初めはとても狭くたって、1年後、10年後、100年後になれば、10倍100倍1000倍と、広がっていくはずだ。

 確かに私には、神様のようなすごい力があるわけじゃない。けれど、日本人は……いいや、地球人は誰もそんな力持ってない。

 時には神頼みもするけれど。長い歴史の中で日本人は神に感謝しながら自分たちの力で何とかしてきた。

 精霊の力に頼れないからこそ、自分たちの力で何とかしてきた。江戸時代でも人々は手作業で水路を掘り進め全国で多くの水路が作られている。

 雨が降らなきゃ侯爵様が来て何とかしてくれるさなんてことがなかったからこそ、自分たちで何とかしようとしてきたのだ。

 ……この世界の人間が怠け者だとは思わない。けれど、なんとかなる方法があるからそれ以外の方法をなかなか考えることもないのだろう。

 学校へ通って学んでいるわけでもない。その日の暮らしのことで手いっぱいになると……頭も働かなくなる。

 その生活から抜け出すにはどうすればいいのかと、考えることすらできなくなってしまうのだ。

 母と妹のことを知った職場の人が「大変だね。市役所に相談に行ってみたら?何か支援があるかもしれないよ」などと声をかけてくれたこともある。だけれどその時の私は、来月の家賃が払えるだろうか。バイトのシフトをもう少し増やしてもらえないだろうか。本業のボーナスが今年は無いと噂が本当だったらどうしよう。と、今と明日の生活のことしか考えられなかった。

「転職したら?経験者優遇の会社もあるよ?」「本を読むのが好きならなにか資格の勉強したら?」

 誰の声も届かなかった。聞こえて入る。会話もしているんだけど、脳みそまで届かないの。

 努力していない本人の自己責任なんてよく言えたものだと思う。結局何もしない私が悪いと……。何を言っても何もしないじゃないかと陰口をたたかれたこともある。でもね、でもね……。

 ブラック企業で働いている人に「なぜ辞めないの」と思う人もいるだろう。けれど……。辞めればいいという簡単そうなその言葉が頑張りすぎて疲弊している頭には届かないのだ。

 言葉でもアドバイスでもない。市役所に相談すればとアドバイスするんじゃなくて、実際に市役所まで引っ張って行って一緒に話をしてくれたら……。資格を取るための本を目の前に差し出してこの本を読んで覚えてと言ってくれたら……私の頭にも届いたかもしれない。

「よし!こうしたらいいんじゃないなんて村人には言う前に、井戸を掘ろう。畑の脇の道に井戸があれば、その周辺の畑だけは日照りが続こうと水が絶えることはなくなるはず。もしかしたら、それを見て、自分の畑の近くにも井戸を掘るぞ!と思う人が出るかも」

 100年後に井戸だらけになった畑を想像してちょっとおかしくなる。

 掘ったら水が出るとは限らないんだよね。地下水路がある場所を掘らないと……。

 んーと考えて、落ちていた2叉に分かれた木の枝を手に取る。

 枝の先を右手と左手で持ち、交わっている部分を上に向けて体の前に突き出す。

 そうして、畑の間を歩き始めた。

 なるべく雑念が入らないように、心を無にして歩く。


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