すくわれない村
アイサナ村周辺の上空に差し掛かる。
大地は潤っているのに、枯れた薄茶色の作物があちらこちらに広がっているのは不気味な光景にも見える。
山は青々としているのに。
ところどころ弱弱しいながらも緑の植物も見えるが、それは畑ではない場所だ。雑草の方が生命力が強いのかな。
遠くまで視線を向ければ、少し先に別の集落があるようだ。村というより街だろう。石造りの壁に囲まれている。その向こうには青々とした畑が広がり、麦かなにか育てられている。数キロ……いや、数十キロの違いでこんなに違うのはなぜなのかと。雨が部分的にふるわけがない。
ビビカに頼んで、見えていた街の近くを飛んでもらうと、川が見えた。
そうか……川の水があるから、日照りでも作物が育っているのか……。
村の近くに降り立つと、村人たちに何しに来たのだという視線を向けられた。
「あの……村長さんとお話をしたいのですが」
距離を置いて遠巻きにこちらを見ている10名ほどの村人の集団に向けて、声をかけると、ふいっと顔を反らして立ち去って行かれてしまった。
嫌われてる?
いや、もしかしたら、昨日おばあさんといた時に水聖女ともめたところを誰かが見ていて噂が広がっているのかもしれない。
私と関わると、水聖女のお怒りを買う……みたいな。
困ったな……。
「あー、昨日のお姉ちゃんだ。また来たの?」
5歳くらいの女の子が私を見つけて駆け寄ってくれる。
視線を合わせるためにしゃがんで女の子に話しかけようかと思ったけれど、この子やこの子の家族が村の人たちに何か言われると迷惑をかけてしまう。どうしよう……。
「ふわ!何、お姉ちゃん、それ、なぁに?」
女の子の目がキラキラと輝いている。
それ?
女の子の視線は私ではなく、私の頭の上に向けられていた。
「俺様はビビカだ!」
ビビカはいつの間にか小型化して私の頭の上にいたようだ。
「うわっ!しゃべった!すごい!小さいのにお話しできるの?」
「俺様は本当は大きいんだぞ、馬鹿にするな!」
ビビカが頭の上から飛び降りて、女の子の顔の前でパタパタと羽を動かして空中にとどまっている。
「すごいのね、かわいいし頭もいいのね、あのね、私はミーニャっていうの。はじめましてビビカちゃん」
「ふんっ、そうだ、俺様はかわいくて頭もいい。それだけじゃないぞ、かっこよくて綺麗なんだ!」
ビビカが胸を反らした。
遠巻きに子供たちがミーニャちゃんとビビカのやり取りを見ている。20人ほどの10歳までの子供たち。皆やせ細ってぼろを身にまとっている。
「ミーニャちゃん、ビビカは聖獣なの。聖獣様がね、皆と遊びたいんだって」
「はぁ?リコ、何をいって」
ぎゅっとビビカを胸に抱きしめて、小さな声でビビカにお願いする。
「お願い、ビビカ。みんなと遊びながら何が欲しいのか探ってきてくれる?私が関わると迷惑をかけてしまうかもしれない。……聖獣様が村人と交流することまで他の聖女や侯爵は何も言えないと思うから……だ、駄目かな?ミーニャちゃんや他の子も、素敵なビビカとお話ししたくてうずうずしてるみたいに、こっち見てるんだけど……」
「分かった!俺様行ってくる!」
ビビカがミーニャちゃんと一緒に遠巻きにいていた子供たちの方へと飛んでいくと、すぐに子供たちに囲まれた。
……私は、どうしようか。
畑の様子でも見てこようかな。
アイサナ村は、日本よりは少し温暖な気候だけれど四季があって、今は7月か8月ころと同じだと本に書いてあった。
枯れてしまった作物は春に作付したものだろうか。秋に収穫するはずだったものが枯れてしまった。雨を降らせてもらって何とか息を吹き返しそうな作物は全体の半分にも満たないだろう。……それでも全滅を逃れたのだから助かったというのだろうか。
畑によって、ほぼ全滅しているところもあれば、半分ほど枯れずに残っているところもある。
村からかなり離れたところで、おばあさんの姿が見えた。昨日、話しかけてしまったおばあさんだ。
おばあさんも私に気が付いたようで、立ち止まった。
「昨日は、ご迷惑をかけてすいませんでしたっ!」
大きな声でそれだけ伝えると、おばあさんに背中を向けた。
「ま、待っとくれっ」
立ち去ろうとしたところで、おばあさんの引き留める言葉が聞こえた。
振り返ると、おばあさんが小走りでこちらに近づいてきている。
「ワシの方こそ、かばってもらったのに、お礼も言えず……。頬は大丈夫じゃったか?本当に、すまんかった……」
おばあさんが小さくなって頭を下げた。
「大丈夫ですよ。ほら、なんともなってないでしょう?」
エンジュナ様に叩かれた頬の赤味はポーションですぐによくなった。打ち身用だと言っていたので、残念ながら口の中の切れたところは舌でなぞるとまだぽこっと膨れている。
おばあさんは私のほっぺを見てほっと息を吐きだした。
「あの、少しお話してもいいですか?」
おばあさんなら、村に必要な物を教えてくれるかもしれない。
「ああ、もちろんじゃ」
「水侯爵様の魔法はすごかったですね。私、初めて魔法を見たので感動しました」
おばあさんがちょっと驚いた顔をする。
「そうかい。聖女様なのに初めて見たのかい?ワシはかれこれ20回は見ておる」
え?もしかして、魔法ってそこそこ簡単に見ることができるの?
今度は私が驚いた顔をしたのを見て、おばあさんがふっと表情を緩めた。
「もしかするとアイサナ村が特別なのかもしれぬな……」
特別?
「ワシが初めて魔法を見たのは50年ほど前じゃ。日照りが続き、村の大人たちが領主様に嘆願書を出した。すると当時の皇帝様が水侯爵様を派遣してくださった。枯れかかっていた作物は持ち直したんじゃ。次に見たのは40年前。前の前の皇帝選定会のときじゃな」
そういえば、過去の選定会の記録にアイサナ村の名前は出ていなかったけれど、毎回「干ばつを解決する」ことを競わせてたと思う。
「その次は30年ほど前に風侯爵様がきて雨雲を運んでくださった。20年前のときは、木侯爵様と光侯爵様がやってきて、木侯爵様が作物の根を成長させ、地表の乾いた土ではなく深くから水を吸い上げられるようにしてくださった。光侯爵様は、食べる物が不足して弱っておった村人に元気になる薬を与えてくださった。翌年もその薬が残って負ったおかげでワシらはなんとか命を繋ぐことができたんじゃ」
待って。
50年前、40年前、30年前、20年前……。
およそ10年に1度ほどの割合で、こんな干ばつが起きているっていうこと?
「ねぇ、もしかして、おばあさんが魔法を何度も見たことがあるのは、アイサナ村が干ばつになることが多いから?」
おばあさんが視線を落としてしゃがみ込んだ。
そして、地面に両手を当てた。
「そうじゃ。この土地に住むワシらはいつまでも救われることはないんじゃ。5年に1度は不作。10年に1度は侯爵様が派遣されるほどの干ばつに見舞われる。それの繰り返しじゃ。いつまでたっても豊かには成れぬ……。いっそ、毎年干ばつに見舞われれば、廃村になりどこか別の場所に逃げ出すこともできるじゃろうに……」
そういうことか。
水侯爵が雨を降らしに来てくれたのに、救われないとつぶやいたのはそういうことだったんだ。
一時的に助かるだけで、根本的な解決にはならないんだ。
むしろ、一時的に魔法であっという間に助かってしまうから、根本的な解決がされないのかもしれない。
上空から見た街を思い出す。川があった。
川から水を引いてくるとかはできないのかな?




