村人のこと……
「本日は、リコ様がおっしゃっていた人参のジュースになります」
グラスにオレンジ色の液体が注がれる。
「は?人参?」
イザートが迷惑そうな顔をする。
野菜ジュースは日本では普通に飲まれるようになった。人参は飲みやすいように柑橘系やリンゴなどの果汁と混ぜて飲むと教えたのだ。
早速一口飲めば、さらりとしている。すりおろした後絞ったのだろう。
絞った残りはどうしたのだろうか?と、思ったとたんに口の中になんとも言えない苦みが広がる。甘いはずのジュースを飲んでも苦い。
これだけのジュースを飲むために、どれだけの食材を破棄しているのか。アイサナ村のやせ細った人たちの姿を思い出して震えそうになる。
「なんだ、うまいじゃないか。人参に何か混ぜてあるんだな!野菜をスープじゃなくてジュースにするなんて初めて聞いたが、これはいいな」
イザートは満足げに人参のジュースを飲み干した。
搾りかすをスープやケーキなどに混ぜて使えることを私は伝えたかしら……。
「ああそうだ、リコが提案してくれた、山賊討伐の案な、闇侯爵領の将軍に手紙を出したら興味を持ったみたいだ。山賊など縄張り意識が強いから、別の山賊が現れたら追い出しに自らのこのこやってくるだろうと。兵を見れば逃げるが、山賊を見れば寄ってくるなら山賊王計画を実行しようかということになってな」
私が提案したことになってる……。
「今日はちょっと打ち合わせで闇侯爵領に行ってくるが、リコはどうする?一緒に行くか?」
「私は……アイサナ村へ行きたい」
何ができるというわけではない。だけど……。
「ああ、そうだな。何か必要な物があれば、支援する。芋でも麦でも……何が欲しいか聞いてきてくれ」
「イザート、いいの?」
びっくりしてイザートの顔をまじまじと眺める。
「は?いや、むしろ他の侯爵と違って闇侯爵ができることなんてそれくらいしかないからな。いいも何も……。他の侯爵がすでに支援しているかもしれないが……アイサナ村は土侯爵領だったな。土侯爵か、皇帝選定の点数稼ぎに水侯爵がすでに動いていれば出番はないがな」
いてもたってもいられなくて、出された朝食を急いで口に運ぶ。
おばあさんは救われないと言っていた。もしかしたら雨が降っても食べる物が無いとかそういうことだったのかもしれない。
話を聞いて必要な物を届ける。支援物資はイザートが用意するものだし、私がするわけじゃないけれど……。それでも必要な物を教えてもらって伝えて届ける。少しは役に立てるのだと思うと気が急いてしまう。
「ビビカに連れて行ってもらえばいい。ビビカがいれば護衛にもなるだろう。俺は飛龍で領地に向かう。セス、飛龍を準備させてくれ。護衛は2名でいい」
「畏まりました。すぐに準備させます」
端に控えていたセスが軽くお辞儀をして食堂を出て行った。
「リコも……欲しい物があれば言ってくれ。リコのためならなんだって用意してやる」
イザートが私の目を見た。
「……と、言ってやりたいが、なんだってというわけにはいかないんだが、ある程度は用意できる。……その、寂しかったら一緒にいてやることもできるし、泣きたいときは胸を貸してやることもできる」
イザートの手が私の頭の上に乗った。
「1人で抱え込むな。俺がいる」
あれ。やだなぁ。涙腺緩い。
もしかしたらイザートは、からかうような口調だったけれど、家族のことを思い出して泣いて寂しがっていると思った私にことを思って。恋人ごっこしてくれようとしたのかな。
本当は、アイサナ村の人たちのことを思い出して怖かったんだよ。




