恋人がいない者
食堂に顔を出すと、イザートが私の顔を見て声を上げた。
「リコ、何があった?大丈夫か?」
「家族の夢を見て、その……」
嘘ではないけれど、泣いた理由ではない。曖昧に答えを返す。
「家族……か。その、何も考えずにつれてきてしまったが、家族は大丈夫なのか?」
イザートが慌てる様子に、席に着きながら首を横に振った。
「大丈夫。父も母も妹も……もう会うこともないだろう、ほとんど縁が切れている人たちだから」
異世界に来ていなくとも、二度と会わなかったかもしれない。そう考えると、私、日本に戻る理由ってあるのかな?
「だ、旦那や、子供とかは?」
「は?私、結婚したことも子供を産んだこともないけど?」
唐突なイザートの質問に眉をしかめる。30歳だと伝えてあるし、この世界だと30歳ともなると結婚して子供の一人二人いても当たり前ってことで聞いてる?
「あー、婚約者が待っているとか……?恋人とか……あー」
「いないわよ。もしいたら、すぐにでも帰してって叫んでたと思うし……それに、お腹を空かせて死にそうになって道端に倒れてても救ってくれないような恋人がいても別れるわ」
ぷっとイザートが私の言葉を聞いて噴出した。
「確かに、俺なら絶対に1人であんな森の中に行かせやしない。たとえどんな事情があったにしてもだ」
あんな森に、なぜいたのかって聞かれると困ると思って、慌てて口を開く。
「でも、なんで今更そんなことを聞くの?」
「今更っていうか、今……だから、知りたくなった。リコに、待っている人がいるか……」
ああ、家族の夢を見たって話をしたからか。
「恋人……いないんだな」
って、そこを強調する?そりゃ、非モテですけど、そんなしみじみ……。
「イ、イザートはどうなのよっ!1年もここにいて、寂しがる人はいないの?」
イザートはなぜか嬉しそうな顔を私に向ける。
「リコ、俺のこと気になるのか?」
「は?」
「俺に婚約者がいたら嫉妬するか?」
イザートに婚約者?
侯爵なら世継ぎのこともあるし当然……あれ?30歳だよね?こういう世界観だと、20歳には男性も結婚して子供がいて当然なのでは?
しかもよ、いわゆる正妻だけじゃなかったりとかいう。
「イザートって、もしかして領地に戻ると奥さんが3人くらいいて、子供が5人くらいいたりする?」
「は?もしかして、リコは俺のことそんな風に見てたのか?」
イザートが額を抑えて大きなため息をついた。
「俺は、独身だし婚約者もいないし、恋人もいないっ!」
そう、なんだ……。
「つまり、リコと一緒。な?恋人のいない者が、ここに二人いる。ちょうどいいだろ?」
ちょうどいいってなんだ?まさか、私とここにいる間だけかりそめの関係をとか言わないよね?
皇選宮には使用人以外は私しかいないからって……。そんな都合のいい女みたいな扱いされるつもりないんだけど。
「イザートはさぞモテるんでしょうねっ!」
イケメンだしさ。だから、女なら誰でも喜んで付き合うとでも思ってるんだわ。そりゃ、私だって、イザートみたいなイケメンに口説かれたりしたらドキドキしちゃうし、くらっとしそうになるけど。
むっとして冷たく言うと、イザートが少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「何か、俺、怒らせるようなこと言ったか?」
「知らないっ!早くご飯食べましょう!」
私の言葉に、優秀な侍女が給仕をてきぱきと始めた。この話題を打ち切りたいという私の気持ちを汲んで動いてくれてるんだ。
ありがとうね。ありがとう。




