おいしいもの
「うはー、これは美味い。こんな美味いものを侯爵ともなると食べられるんだなぁ」
ゴードンさんが一気にスープを飲み干して満足げに笑った。
料理長がスプーンで一口カボチャの冷製スープを口に運ぶ。そして、大きくため息をついたのち、ゴードンさんに顔を向けた。
「……ゴードンさん、侯爵といえども、このように美味しい物はめったに食べられませんよ」
「え?そうなのか?」
ゴードンさんが驚いて声を上げてるけれど、私もびっくりだ。
もしかしてカボチャって貴重品?あ、日本の感覚だと1年中どの野菜も食べられるけれどこの世界ではそうじゃないよね。
保存方法も栽培方法も……。ハロウィンの時期が旬なんだっけ。秋の味覚。えーっと、季節は今どうなってるの?領地によっていろいろ?
「リコ様、私は長年料理に携わってきましたが、舌触りがこれほど滑らかで、コンソメスープと溶け合ったカボチャなど初めての体験です。また、冷たいスープなどというものも初めていただきましたが、暑い日の朝食など、食欲がなくてもするりといただけそうです。すばらしい。これほど素晴らしいものは初めて食べました……。皇帝陛下でも召しかがったことがない一品かと」
ギール君がが目をまん丸にした。
「すげぇ、俺、皇帝陛下が食べたことあるやつよりうめぇもん食ったってことか!」
興奮して声を上げた。
「料理長が大げさに言うから……。皇帝陛下ならもっと美味しいもの召し上がってますよ。それから、私はカボチャを裏ごしして混ぜただけ。このスープが美味しかったのは、料理長が作ってくれたコンソメが素晴らしい物だったことと、お願いしたこし器をゴードンさんたちが完璧に作ってくださったからです」
これは本心。料理長の作る料理は本当に美味しい。
コンソメスープもそれだけで絶品だ。きっと煮込む野菜の組み合わせや時間を研究し、そして丁寧な灰汁取りなどを行っている手間暇かかった品だろう。
こし器も、現代では100円均一でも手に入るような作るのに特別な技術や手間がある物ではないだろうけれど、この世界ではどうなのか。
金属を細く加工するだけでも大変手間なんじゃないかな。それを幅をそろえながら編むのも手作業だろうから大変そうだ。
素直に思いを述べると、ギール君が口を開いた。
「俺、闇聖女様が大聖女になればいいと思う。他の聖女は知らないけど、俺は闇聖女様みたいな人になってほしい」
「な、何を言っているの、知っていますよね?闇侯爵と闇聖女のことは……」
力のないハズレ侯爵とその聖女。
私なんて、聖女としての資質を何一つ持ってなくて、お腹を空かせて行き倒れていたところを拾ってもらった……だけの身だ。
ギールはそれ以上何も言わずに下を向いてしまった。悪いことを言ってしまったと思ったのか、気まずそうな顔でゴードンさんが視線をさまよわせた。
「あの、カボチャ以外でも、ジャガイモやトウモロコシ、人参やソラマメ、キャベツそれにトマトを裏ごししてスープに加えても美味しいんですよ。牛乳は入れてもいれなくても、生クリームを用いてもいいですし。それに温かいスープも美味しいです。トマトを裏ごししたものはトマトピューレと言ってスープ意外にもいろいろな料理に使うことができます。トマトピューレとスパイスを混ぜたソースを卵にかけて食べても美味しいと思います」
いたたまれなくなって、話を逸らす。
「なるほど。勉強になります。聞いたことのない食材もありますがいろいろと試してみますので、リコ様には試食をお願いしても?」
「ええ、もちろん。楽しみにしてます」
私と料理長の話を聞いているゴードンさんに顔を向ける。
「こし器を作って売っても構わないし、料理も真似して作ってもいいわよ」
「ほ、本当か?親父、家でも美味いもん食えるぞ!それに、売ったら大儲けだ!母ちゃんも喜ぶ!」
ソファから立ち上がってギール君が目を輝かせた。母ちゃんが喜ぶか……。本当に仲良し家族なんだ。




