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■加護なしハズレ闇侯爵の聖女になりまして~ご飯に釣られて皇帝選定会に出ています~  作者: 富士とまと


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活字中毒

「す……ごい……」

 雨がこんなにきれいだと思ったのもはじめてだ。

 向こうに見える山から、村の畑のずっと向こうまで、何キロにわたって雨を降らせているのか。

 精霊の加護がもたらす魔法がこんなにもすごい物だとは思わなかった。

 魔法と聞いて、ダンジョンに入ってモンスターと戦うようなイメージをしていた。それのちょっと力が強いくらいだろうと……。

 こんなに大規模に、雨を降らせることができるなんて……。天候を操っているようなものだ。

 龍神が雨を降らせるなんて話が日本にあったりするけれど……。魔法というよりも、神様の力のようだ。

 これほどまでだったなんて……。

 精霊の加護があるということは……こんなにもすごいことだったんだ。

 雨が止むと、水聖獣のドラゴンは地上の降り立った。ハーレ様とエンジュナ様を背に乗せて飛び立った。

 空に小さく消えていく水色のドラゴンを眺めながら、ぽつりとイザートがつぶやく。

「いつ見てもきれいだなぁ」

 他の侯爵のすごさを見ても、精霊の加護がないということを卑下することもないイザートの言葉に胸が熱くなる。

「イザートはすごいね……」

 私なら、普段は平気でいられても、目の前ですごいところを見ちゃうと、それに比べて私なんてってどうしても思ってしまいそうだ。

 そうだ。妹に彼氏ができたときも。

 妹はかわいくておしゃれだ。それに比べて私は……と。比べてもしょうがないのに比べて落ち込んでしまった。

「ん?何か言ったか?」

「ううん、魔法、すごかった。帰ろうか」

 声をかけるとイザートは私を抱き上げてビビカの上に飛び乗った。

「また見たかったら身に来ればいい。このまま雨が降らなければ10日1度くらいは魔法をかけに来るだろうからな」

 空から見下ろした大地の色は、褐色になっていた。来た時には白くひび割れていた大地が、一瞬にして生き返った。

「ねぇ、イザート」

 聞いてもいいだろうか。

「なんだ?」

 背後からイザートの声が帰って来る。今なら顔も見えないし、聞きにくいことも聞けそうだ。

「なんで、皇帝選定会に行きたくないって言っていたの?」

 能力の差を見せつけられるからだとか、馬鹿にされるからだとか、そんな理由ではない気がする。

「ああ、無駄だからだ。闇侯爵抜きでやってくれればいいのにって、もう300年も前からの先祖の日記にも書いてある」

「300年……。イザートも古代語で日記書いてたけど、先祖代々なんだ。ずいぶん歴史のあるボヤキなのね?」

 イザートが特別めんどくさがりとかそういうわけでもなさそうだ。

「そりゃそうだろう。1年も領地を離れたら、仕事がどれだけ溜まってしまうか。闇侯爵の本業は、闇侯爵領を治めることだぞ?」

 確かに。本業を1年も離れれば戻ったときは大変だろうな。

「皇帝に選ばれる可能性が無いから無駄って言ってるんじゃないんだぞ?皇帝になるつもりがないから無駄なんだ」

「え?」

「だって、考えてみろよ。領地運営だけでも、大変な思いをしてるんだぞ?それが、皇帝になったら、6倍に増えるんだ。6つの領地をまとめ上げ、すべての国民の命の責任を持たなくちゃいけないんだぞ?俺はそんな器じゃない」

 イザートは、皇帝になったときに手に入る「権力」ではなく、皇帝になったときに負う「義務」のことを一番に考えているんだ。

 今の皇帝や、今までの皇帝がどんな人だったのか知らないけれど。むしろイザートみたいな人が皇帝になるといいと思うんだけどな……。

「山賊をまとめ上げるくらいの器はあると思うぞ、リコ」

「は?侯爵が山賊って何を言ってるんですか?それとも山賊王にでもなるとか言い出すつもり?」

「山賊王?なんだそれは?」

「あー、故郷には海賊王を目指す物語があって、悪い海賊を倒す良い海賊が、海賊王を目指すっていう話で……」

 しまった。つい、日本の話をしちゃってるけれど。異世界から来たという人間の扱いがまだどうなるか分からないのに、ばれるようなことを言えば危険だ。

 ……山賊がいるなら海賊も当然いると思ってしまったけど、海賊すらこの世界にいるかどうかも不確かなのに……。故郷はどこだと言われても答えられないし。

「へぇー、山賊王か、かっこいいな、それ。山賊の討伐に兵を差し向けてもすぐに山賊に逃げられちまうんだよな。そりゃ兵が動けば制服も着てるしすぐにばれるよなぁ。山賊には山賊か。なるほど。山賊討伐部隊に山賊になってもらうか。検討してみるか。で、俺は山賊王だな」

 楽しそうな声が聞こえてくる。

「しかしリコはすごいな。使用人たちにもいろいろなことを教えているだろう?」

 あ。そうだった。もうすでにやらかしてる。皆が1年後に成長できるようにと、私にできることは、私の知っていることを教えることだから。

「どれだけの本を読んだんだ?時間があれば本ばかり読んでるだろう?今までにすごい量の本を読んだんだな。まさかと思うが、本が読みたくて古語も覚えたっていうんじゃないよな?いや、リコならその可能性も……」

 ほっ。

 よかった、毎日毎日本ばかり読んでいて。私の知っていることは本に書いてあったことだと思ってもらえているようだ。

 日本にいるときに、活字中毒気味の私は時間があれば本を読んでた。でも……、全然すごいことだとは思わない。

「考えたくなかった……だけ。本を読んでいるときは……」

 いなくなった父親のことも、おかしくなってしまった母親のことも、面倒を見なければならない妹のことも、私自身の将来のことも……何も考えずに済んだから。

 ぽんっと、頭にイザートの手が置かれた。

 後ろの席から手を伸ばして私の頭をなでる。

「考えたってどうにもならないことなんてたくさんあるぞ?それよりも、こうして今、本で読んだことが役にたってみんなが喜んでるんだ。リコがしてきたことは、何にも間違ってないさ」

 私がしてきたことは、間違って……ない?

 ああ、だめ。やばい。

 泣きそう。

 優しく頭を撫でてくれるイザートの手のぬくもりと。

 ずっと誰かに言って欲しかった言葉。

 頑張ってるねとか、頑張ってねとか、そんな言葉じゃない。

 母や妹から離れて暮らしたらどうだというアドバイスでもない。

 ましてや、こうすればよかったのになんて過去への駄目だしなんか聞きたくない。

 ただ、私がしてきたことが間違っていないと。母と妹を見捨てられなかった私の選択が間違ってなかったと。

 認めて欲しかった。私の生き方を誰かに……肯定してほしかったんだ……。

 イザート……。



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