水の魔法
ロープを引いているような動き。
しばらくするとロープの先にバケツが現れた。
ああ、井戸か。そうか、畑は干上がっているけれど、飲み水だけは確保できているのか。
井戸の水でハンカチを濡らすとイザートは戻ってきた。
「ほら、冷やしておけ」
ひたりと、頬にハンカチが当てられる。
「ありがとう」
ひんやりとして気持ちがいい。
「誰がやった?」
え?
「俺のリコを傷つける奴は許さない」
イザートの目が怒りに満ちている。俺のリコとか意味が分からないことも口にしてるし。
ああ、俺の聖女っていう意味かな。うん、聖女イコール私だから間違ってはいない?
っていうか、なんか湯気立ってそうな位怒ってるけど……。
「私のことで怒ってもらうのは嬉しいけど、これは私の問題だから」
私の不用意な行動でおばあさんを苦しめてしまった。だから、私に標的が向くようにわざと怒らせた結果だもの。
「大丈夫」
イザートの顔を見て小さく頷く。
「……元はといえば、俺がリコを聖女にしたのが原因だよな……つまり、俺がリコを傷つけたのような物だ……すまない」
は?イザートが頭を下げた。
いやいや。
「大丈夫だって、本当、こんなの」
イザートは頭をあげると、ニィーッといたずらっ子のような顔を見せる。
「いつでも責任はとるから。遠慮なく言ってくれ」
「は?責任をとる?」
「俺のせいで傷物になったんだ、当然嫁にもらうのが責任の取り方っていうもんだろ?」
イザートは楽しそうに笑いながら話をしている。くっ。
これはからかわれているってやつだよね!
「この程度を傷というなら、イザートは一体何人の妻がいるのかしらね?ハーレムでも持ってる?」
そうそう、アラブ系イケメンだもんね。ハーレムの一つや二つ。いや、一つでいいのか。そこに何百人だって女性を迎え入れれば。
「は?リコ、お前、俺のことどんな男だと思ってるんだ?」
イザートがぎょっとした顔をしたので、ふっと笑いがこみあげてきた。イケメンのからかいに動じずやり返しちゃうなんて、私、なんかこの世界に来てからたくましくなってる。
……山賊山賊言われてたから、根性ついたかな?
わーっと、村人たちの歓声がひときわ大きくなった。
「では、今から始めよう」
ハーレー様が村人から少し距離を取る。
「始まるっ」
私とイザートは慌てて様子がよく見えるようにちょっとだけ近づいた。
エンジュナ様がこちらに気が付いて睨んでいる。邪魔するつもりだとまだ疑われているのだろうか。
ハーレー様とエンジュナ様の二人が並び、その後ろにどーんと水聖獣が立っている。水のようにゆらゆらと輝く不思議な皮膚をしたドラゴン。
ハーレー様は、両手を広げる、長くてまっすぐな髪がふわふわと揺れ出した。
「我の魔力を捧し水聖霊様、我の魔力を糧とし、聖女の声を力に、聖獣へ魔法発動の導を示したまえ」
言葉を言い終わるか否かのタイミングで、ハーレー様の髪の毛はまるで大量の静電気を浴びたかのように四方に立ち上がっている。
体全体、そして、髪の毛の1本1本から、小さな光の粒のようなものが沸き上がっている。
あれが、魔力?すごい。
と、あまりの美しさに見とれていると、エンジュナ様が歌いだした。
「私の愛する精霊様、どうぞ私たちに力をおかしください、水の恵みを、大地に精霊様の愛を」
歌詞に意味があるのかは分からないけれど。精霊様をたたえて水を必要としているという内容が何度も繰り返される。
「綺麗な歌声……」
ハーレー様から沸き上がった光の粒が、エンジュナ様の歌声に乗ってくるくると渦を描くように大空へと上がっていく。
そして、水聖獣が翼を広げて上がっていった光の粒を受け止めるように上空へと向かった。
「水魔法発動、天恵降雨」
水聖獣があたりに響き渡る声で呪文を唱えると、途端に雲もないのに、雨が降り出した。
村を中心とし、広がる畑に雨が降り注ぐ。
「わー、雨だ!」
「水の精霊様のお力だ!」
「これで、助かる、助かるぞー!」
「ああ、ありがとうございますっ!」
「雨、雨、きもちいい!」
女の子が両手を広げ空を見上げて駆け回り始めた。それを追いかけて3歳くらいの子も駆けだした。
他の村人も、空を見上げ両手を合わせて感謝している。
雨粒一つずつがキラキラと輝いていて、なんと幻想的な景色だろう。
更新作業が嫌いすぎて間が空いてしまいました……書いてあります。
この時期「ドロドロ系」をいくつか書いてたんですよね。そして、この時期に書いたドロドロ系、一つとして日の目を見てないんです。ストレスタイムが長すぎるらしい。




