妨害工作
「聞こえたわよ。村は救われないと会話をしていたわよね」
あ、それは確かだけれど……。
「失礼なばぁさんよね。いえ、あなたが洗脳したのかしら?闇聖女」
「そんなこと、していません。きっと水侯爵様が救ってくれると」
ふっとエンジュナ様が息を吐きだした。
「そう、じゃぁ村人であるそのばぁさんが、水侯爵には村は救えないと言ったということ?村人は、水侯爵がいらないっていうことかしら?だったら、別に、力を使う必要はないわよね?」
にたりとエンジュナ様が笑う。
おばあさんがはっとして顔を上げた。
「あなた一人のせいで、このまま干上がるのを見ている?」
おばあさんが真っ青な顔で両手を地面についてガタガタと震えだした。
「わ、ワシはそんなつもりじゃぁなかった……そういう意味じゃ……許してくだされ……許してくだされ」
おばあさんが、地面に頭を擦りつけるようにして土下座しているのを、冷たい表情でエンジュナ様は見下ろしていた。
「そうやって謝るってことは、確かに水侯爵を馬鹿にした発言をしたと認めるってことよね?あーあ、どうしようかしら」
必死に謝るおばあさんをいたぶるような言葉を口にしたとたんに、後先考えずに体が動いた。
おばあさんとエンジュナ様の間に体を滑り込ませる。
「エンジュナ様、皇帝選定会で勝つためには、この村を救わなければならないのでしょう?あなたは、水侯爵様の邪魔をするつもり?」
「なっ」
エンジュナ様の顔が真っ赤に染まり、私をにらむ。
「私がハーレー様の邪魔をするわけがないでしょうっ!」
「そうかしら?もしかしたら他の侯爵から水侯爵の邪魔をするように裏取引でもしているんじゃないの?そうでなければ、たかが村人一人の言葉一つでアイサナ村を干上がらせるなんて言うはずないものね?ああ、もしかしたら、この村人も仲間なのかしら?はじめから計画的にこの村を救わないでおこうとしてるんですか?怖い怖い。いったいどの侯爵の差し金なの……」
バシン。
エンジュナ様の右手が私の左頬を打った。
「……った……」
挑発するような言葉をわざと言ったのだから、怒るのは当然だろう。だけれど、手が出るとは思わなかった。
話をしている途中で思い切りぶたれて、口の中が少し切れたようだ。血の味がする。
「次の皇帝になるのはハーレー様よ!絶対に皇帝になれないハズレ闇侯爵だからって、ありもしない話をでっち上げて、仲たがいさせて棄権でもさせようと思ったの?残念ね!そんな嫌がらせで私たちは負けたりしないわよ!」
私を殴ったことで少し気持ちがおちついたのか、顔色は戻っていた。ふんっと鼻を鳴らすと、踵を返して去っていく。
ああ、振り返ったときにふわふわの水色の髪が光を受けてキラキラしていてきれいだなぁと、ぼんやり見ている。
おばあさんは、地面にうずくまったまま、顔を上げようともしない。
「私、抵抗できない人を痛めつける人、大っ嫌いなのよね……」
妨害工作なんてするつもりはないけれど、別の人の応援はしようと決意する。他の侯爵様や聖女様はどんな方なのだろう。皇帝となる人ならば、人格者であってほしい。こんな勝負で決めるのではなく、人となりで決めてほしいなぁ……。
「ごめんなさいね、私が話しかけてしまったせいで、嫌な思いをさせてしまったわね……」
おばあさんを立ち上がらせようと思ったけれど、手を貸しているところを見られたらまた何を言われるか分からないので、声だけかけてイザートの元へと戻る。
私に絡むために、エンジュナ様は近づいてきたのだろう。おばあさんを巻き込んでしまった。
「おい、リコ、その顔はどうした!」
イザートの元に戻ると、すぐに心配そうにイザートが私の顔を覗き込む。
「あー……」
自分じゃ見えないけれど、熱を持ってる感じがするし腫れてきたかな?
「山賊らしいでしょ?」
闇聖女だからと馬鹿にされたといえば、イザートが傷つくかもしれないと思ってニッと笑う。
「馬鹿っ、山賊でも女が顔に傷なんて作るもんかっ!ちょっと待ってろ!」
イザートが走り出して村人の一人に声をかけてから、村人が指さした方へとかけていく。どこへ行くのだろうかと目で追い続けると、何やら簡単な屋根の設置されている場所で何かをし始めた。




