聖獣現る
うん、グレーのムラ染めのシャツ、ムラ染めを知らなきゃ汚いシャツよね。ダメージジーンズも、知らなきゃ穴の開いたズボンだし。挙句に今年流行の兆しが見えたというフェイクファーの茶色のベスト。……マタギっぽいと確かに思ったことはあったけど。本当に流行するのか?と思ったこともあったけど。
妹が結婚すると家を出て行って、服を買いに行ったんだ。ずっと自分の服を買ったことがなくて。ファッションに疎いがゆえに、テレビや雑誌や店員の言葉を信じて……。
「さ、山賊……」
さらに3日間のサバイバル生活(ただし失敗)で泥だらけ。
山賊と言われても仕方がない。
「食べ方からすると山賊ではないんだろう」
ニィッと目の前のイケメンが笑う。これは、からかわれているのだろうか。
「山賊の食事風景見たことあるんですか?」
なんだか、からかわれているだけなんだろうけど、至近距離でイケメンに笑いかけられてバクバクする心臓を気取られたくなくて言いがかりをつける。
「あははは、確かに、確かにそうだな。山賊の食事風景は見たことないな。くっくっく。よしよし、気に入った気に入った」
ぐりぐりと、突然イケメンに頭を撫でられる。
ちょ、気にいる要素は、どこ?!
「さぁ、じゃぁ約束だ。一緒に行ってもらうぞ」
男性が立ち上がった。
「ちょうど、迎えも来たようだ」
空を見上げると、上空高く飛んでいたドラゴンっぽい生き物がぐんぐんと近づいてきた。
うひーっ!さっき、見慣れたって言ったけど、それは距離感が遠いからであって、至近距離はまた別っ!
口に入れたパンのカケラを噛むこともできずにごくんと飲み込んだ。
「俺の名前はイザート。闇侯爵っていやぁ分かるか?」
闇侯爵?いや、分からないけれど。なに、有名人なの?
「は?分からない?山賊でも知ってると思うが……まぁいい。こいつは闇の聖獣ビビカだ」
ドスンと、地面を揺らして大きなドラゴンがイザートの隣に降り立った。
う、う、うわぁ!
「黒っ!」
逆光で黒く見えていたんじゃなかった。
「なに?この汚い女。いきなり、聖獣様に向かって黒とか、馬鹿にしてんの?」
ギロリと大きな目をした顔が私の鼻先に突き出された。
顔だけで、大型犬よりも大きい。
「しゃ、しゃべった!ええ!ドラゴンってしゃべるんだ!あの、初めまして、私リコ。佐藤里琴。リコっていいます」
ふんっと、勢いよく鼻息を拭きつけられて、思わず両目をつむる。
「誰がドラゴンだって?聖獣だっつってんだろうが。黒いからって馬鹿にしてんのかよ!」
「あ、ごめんなさい、聖獣のビビカさん。あの、とってもびっくりして。まるで黒真珠のようで美しくて。勝手にその蛇の鱗みたいなのを想像していたのに、そうじゃなくて、黒真珠のようにつややかな輝きがあってすごく綺麗」
ドラゴンは爬虫類だろうという思い込みがあったので、蛇のような表皮を想像していた。逆光で黒く見えるだけで、近くで見たら緑か茶色かはたまた赤か……と思っていた。