ダメージ
「ビビカ、アイサナ村の場所は分かるか?」
「もちろん。20年前の選定会でも行ったから覚えてるよ」
ぐぅーんとビビカがスピードをあげ、蜃気楼が立ち上がるような熱気のある空気に飛び込んだ。
もしかして、ここは火侯爵領だろうか。空気が熱い。湿度の高い暑さとは違う。純粋な暑さだ。外国の夏はの日本のように湿度が高くなくてカラッとしていて過ごしやすいって聞いたことがあるけれど、こんな感じなんだろうか。
「あっつ!」
フェイクファーのベストを脱ぐ。
気温は30度は無いだろうけれど、急に気温の高いところに来たことと、さすがに毛皮を身に着けるのは暑すぎる。
「ああ、そうだな。思ってた以上に暑いな」
後ろを振り返ると、イザートが胸元をはだけていた。
ぶほっ。
慌てて前を向く。
やめてよ、突然のセクシーショットを見せるの。
顔が真っ赤になってしまった。
「もうすぐだよ」
ビビカの声に下を見下ろすと、少し前まで見ていた景色とはまるきり違った。
地面がひび割れている。水が足りていないのだ。
青々とした緑は姿を消し、一面乾いた土の色と枯れてしまった植物。畑が広がっているけれど、何かが植えられているというよりはすでに収穫が終わった後のように見える。その奥にそびえる山は青々と木々が茂っているのに。
ビビカが畑の中央あたりの4~50ほどの家が並ぶ集落のすぐそばに降り立った。
「なんだ、黒いドラゴンが来たぞ」
わらわらと、すぐに村人たちが集まってきた。
「どういうことだ、侯爵様が助けに来てくれると聞いていたのに、闇侯爵様じゃないか」
「俺たちは見捨てられたのか?闇侯爵様に何ができるというのだっ!」
村人たちがビビカを見たとたんにひそひそと話を始める。
誰もが絶望を顔に浮かべていた。
イザートに地上に下ろしてもらう。
「見て見ろよ、あれが侯爵様と聖女様なものか!」
「そうだよな、あれじゃ俺たちの方がマシなくらいだ」
5歳くらいの女の子がとてとてと私の元に走り寄ってきた。
「おねーちゃん、どうして女なのにズボン履いてるの?お洋服がないの?穴がいっぱい開いてるけど、誰も縫ってくれないの?」
女の子の服にもあちこちに穴が開き、それをつくろった跡があった。
かつては何色だったのかもよくわからない薄茶のワンピースを着ている。
「ママに縫ってもらうように頼んであげようか?」
ダメージジーンズを履いているだけなんだけれど、女の子は私の心配をしてくれた。
しゃがんで目線を女の子に合わせる。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。お姉ちゃん、暑がりなの。だから穴が開いていたほうが涼しいのよ」
「あ、そっか。賢いんだね、お姉ちゃん」
ニコニコと汚れた顔で笑う女の子。
優しくてかわいい。
「ユーナ!す、すいませんっ」
女の子のお腹に背後から手が伸びそのまま引き寄せられた。
母親だろうか。ずいぶん痩せた女性がそのまま女の子を連れて村人の集団に戻っていく。
警戒されてる……。失敗したかな、この服装。聖女らしい服装をしてくるべきだったか……。
「あ!ドラゴンだ」
村人の誰かの声に、皆の視線が頭上に向けられる。
すぐに、私たちに影を落とし、ドラゴンが私たちのいる場所から少し離れたところに着地した。
青い服を着た男女がドラゴンから降り立つ。
宝石をちりばめたようにキラキラと光るドレスを着た女性と、物語に出てくる王子のように飾られた洋服の男性。
水侯爵ハーレー様と、水聖女のエンジュナ様だ。
私たちを見に来ていた村人たちが一斉に二人の元へと駆け寄り、膝まずいた。
「ようこそ起こしくださいました。水侯爵様、水聖女様」
村長だろうか。白いひげを生やした老人が頭を垂れる。




