加護の力
「魔法なんてめったに見られるもんじゃないからな」
イザートは自虐的に言っているわけではない。私が感じたように、本当に魔法が見たくてうずうずしているようだ。
卑屈になってもいいようなことなのに、イザートは気にしていないようだ。いや、乗り越えたのかもしれないけれど……。心の強い人なんだろうな。
「よし。仕事は今でなくたってできる」
イザートが椅子から立ち上がった。
「リコ、一緒に行くか!デートしよう!」
イザートが手を差し出した。
「デ、デート?」
「男女が二人で出かけるんだ、デートだろう?」
ニッとからかうような顔をするイザート。
「俺様も一緒だぞ!二人じゃないからデートじゃない!っていうか、イザートを置いて二人で行こう、リコ!」
ビビカがパタパタと飛んでイザートと私の間に体を滑り込ませた。
「あー、動きやすい服に着替えてくるね!」
にらみ合う二人を置いて、離脱っ。
さっさと着替えて準備をしてから部屋に戻る。
「その格好で行くつもりか?」
動きやすい服は他になかったし。
「変?」
「いや”リコらしくて”いいと思うぞ。じゃぁ、出発だ!」
なんだか、リコらしいって、山賊っぽくてって意味を含んだ言い方しませんでした?
そう、私はこの世界に来た時の服装に着替えた。だって、ビビカに乗るんだよ。空を飛ぶのに、ひらひらスカートじゃ、心もとないよね。やっぱりズボンがはきたいじゃない?
っていうか、イザートも屋敷の中にいるときは綺麗なシャツとズボンを着ているのに、今は薄汚れたシャツとズボン。会った時の冒険者かと思った服装だし。
屋敷の外に出ると、つやつやしたドラゴンが待っていた。
「うわー、ビビカ!小さい時もかわいくて好きだけれど、大きくなった姿もかっこよくて好き!」
「リコ特等席に乗って。イザートも本当に行くつもり?」
あれ?まだ反目してるの?
「リコは背中に自力で乗れないけど、俺がいないと、リコもいけないんだけどなぁ」
あ。そういえば……。ビビカを見上げる。2mほどの高さの背中によじ登る自信はない。
馬の背に乗るのだって、鐙があるから乗れるわけじゃない?鐙みたいなのを用意してもらえれば自力で乗れるかなぁ……うーん。
と、考えていたらイザートのたくましい腕に抱き上げられた。
うひょー。お姫様抱っこは馴れてないっていうか、イケメンの顔が至近距離に来るのも慣れてないし、ちょ、せめて心の準備をさせて!予告して!
イザートに抱き上げられ、落っこちないように慌てて腕を首に回す。
そのとたんにイザートが地面を蹴って、2mも上にあるビビカの背中に飛び乗った。人間離れした能力。精霊の加護がないっていうけれど、この能力は他の人にはない物だ。本にそう書いてあった。やっぱり侯爵というのは特別な存在なんだよね……。
皇帝選定会場である、ここに来るときは上ばかりを見ていた。空の上のお城。
ビビカが飛び立つと、今度は地上を見下ろす。本で読んだけれど、この場所は6つに侯爵領が交わるその中央の上空にある。だから、いま見下ろせばすべての領地の一部が見える。まるで飛行機から地上を見下ろしたような景色が目に飛び込む。
いや、違う。
山、森、湖、川……。どこからどこが国境だと分かるはずもないのに、この世界では領地の境目が見える。
一続きの山のはずなのに……。川は途切れずに流れているはずなのに。
「あそこが水侯爵領で、あっちは土侯爵領で……」
ほんのりと色合いが違う。水侯爵領だと思った領地の川の水は輝いてる。土侯爵領だと思った場所の土地もそうだ。色が他の領地と違う。豊かな実りをもたらしそうな色をしている。
「これが……聖霊の加護……」
すごい。精霊の力なんてあってもなくても一緒じゃないと思っていたけれど……。あるのとないのでは違うのだろうと実感してしまう。




