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水侯爵からの馬鹿にされた言葉。派遣された侍女たちの始めのうちに向けられていた悪意を思い出す。
精霊の加護で魔法が使えるなんてことがなかった日本で育ったから「精霊の加護がある、ない」がどれくらいの価値を持っているか実感はない。そこまで差別を受けるようなことなのかな?
「さて、次の本でも取ってくるかなぁ」
侍女たちは真剣にメイクと向き合っている。しめしめ。
これで「リコ様、お供いたします、お待ちください、ご自身で扉を開くことは、まずは先ぶれを、お伺いしてきますので、お待ちください、身なりを整え」などなど、数々の難関を突破せずに済む。
聖女としてお世話をされるのが私の仕事と決めたんだけれど、正直ちょっと疲れるんだよね。
だって、本を返して別の本を取りに行く、ただそれだけなのよ?ただそれだけなのに。
本がある部屋がイザートの執務室なので、闇侯爵にお会いするためのお作法を1から10まで順を追わなければならないわけよ。
イザートの執務室のドアをノックすると、すぐに入れと返事が返ってくる。
ドアを開けると、机で書類に向かっているイザートの姿がすぐに目に飛び込んでくる。
イザートはここに来てから毎日ほとんどの時間を仕事している。私の仕事とは言い難い「聖女としてお世話をされる仕事」とは違って、本当の仕事だ。闇侯爵領を治めるための仕事だ。領地を離れていても、誰かにすべてを任せるわけにはいかないらしい。
「わー、リコ、リコだ!俺様に会いに来たのか?」
パタパタと羽を動かして聖獣ビビカが、私の頭の上にちょんと乗っかった。
「ん?リコか。どうした?一人で来るなんて珍しいな。侍女たちは?」
ビビカの言葉にイザークが顔を上げた。
「侍女は特訓中。私は本を読み終わったから新しい本を借りようと思って」
ビビカの質問に答える前にイザートの言葉が飛んできたため、先にイザートの質問に答えてしまった。
「えー、リコ、俺様に会いに来たんじゃないのか?また本を読むの?俺様退屈だよ!もうずっとずーっと空も飛んでない!どっか出かけようよ、リコ!」
頭の上で、ビビカが小さなお手手をぴちぴち私の額に当てている。ああ、かわいい。ちょっと鏡、鏡はないの?ビビカの姿が見えないのが悔やまれるわ!
「お出かけ?えーっと、ここにいなくちゃいけないんじゃないの?」
イザートが笑った。
「いや、好きに出かけても問題ないが、俺が一緒じゃないと寂しいか?」
「寂しくはないけれど、何処へ行けばいいかもわからないし……」
それに、本を読んでいるのが楽しいし。
「俺は、リコがいないと寂しいがな」
にぃっと、イケメンが発するとからかうような冗談でも、心臓が跳ね上がるからやめてほしい。
「まだちょっと仕事が立て込んでいて一緒に行けないが……見てくるか?アイサナ村」
アイサナ村って、1回戦の日照りが続く村だよね。
「ちょうど水侯爵は今日アイサナ村に出かけて魔法を使うんじゃなかったか?」
「え?魔法?見たい!」
興奮気味に声を上げてしまった。
だって、だって、魔法が見られるんだよ?本物の魔法だよ?興奮するなっていう方が無理だよね!
「そうだよな……魔法、見たい……よな」
イザートの言葉にすぐに口をふさぐ。
精霊の加護があるから魔法が使える。魔法が使えないというのは精霊の加護がないからだ。加護無しのハズレ侯爵だと言われているイザートの前ではしゃぐべきではなかった。
「俺も、見たい!」
は?




