気持ちの切り替え
「ありがとうございます。成長できるように料理の腕とともに食べる人のことを考えたメニューに配慮できるよう精進いたします」
「私こそ、ありがとう。とっておきの料理を準備してくれたのよね。本当にうれしい。もう、さっきからいい匂いがしてて、お腹がぎゅーぎゅー鳴ってるの!食べるのが楽しみ!それからこれからもよろしくね。あ、私の知ってるスペシャルレシピも教えるわ。いろいろな料理が作れるのって、皇帝宮に戻ってからも役立つでしょう?」
何度もお礼を言おうとする料理長の前からイザートの隣へと戻る。
「厳しい言い方をして驚いたかもしれませんが、こうして私が知っている最高のおもてなしを皆さんに伝えたいと思います。人一倍相手のことを考えられる、小さなことにも配慮できる……こうした具体的な行動を列挙し、優秀であると報告書に記すつもりです。どれほど私の報告書が皇帝宮で効果があるのかは分かりません。ですが、皇帝宮で実践して働けば優秀であることが認められるように……皆さんが闇侯爵邸に派遣されてよかったと少しは思ってもらえるように頑張りますので、1年間お世話になります。よろしくお願いします」
ぺこりと、しっかり腰を曲げてお辞儀をする。
しーんと静まり返ってしまった。
あー。生意気だったかなぁ。侍女がなんたるかも知らない私が偉そうに。よく考えたらプロの料理人にレシピを教えるとかまで言っちゃった。いや、つい。日本のおもてなし文化で育った私の知識なら参考になるかなとか、小説でよくある日本の料理はすごいと思われるかなとか……。
怖くて頭が上げられないでいると、イザートが私の背中をぽんと小さく叩いた。
顔を上げてイザートの顔を見る。
「自分が仕えた侯爵が皇帝になることを夢見ていた者もいるだろう。だが、6分の1だ。圧倒的に皇帝にならない侯爵の方が多いことは間違いない。そして……闇侯爵と呼ばれる俺は、皆の知っているように皇帝には成れないだろう。だったら、さっさとリコの言うように気持ちを切り替えて、皇帝選定会の後のことを考えた方がいい。すまないが、気持ちを切り替えてほしい」
イザートが頭を下げた。
それに、使用人たちがざわつく。
「使用人に頭を下げる侯爵など前代未聞です。みっともない。頭を上げてください」
セスがあきれたような声を出す。
イザートが顔をあげると、セスは鋭いまなざしを私とイザートに向けて、小さな咳ばらいを一つしてから口を開いた。
「人事権は私にあります。報告は1年後にまとめて聖獣様と聖女様がなさるかもしれませんが、通常連絡は私の仕事です。仕事を放棄したと報告されては構いませんからね。話しは聞きましたね、皆さん。辞めるにしろ続けるにしろ相談すべきことがあればまず私に申し出るように」
心なしか先ほどまでより背筋がピンと伸びているような気がする。……セスは続けるっていうことでいいってことよね。
「イザート様、リコ様、話が以上でしたら食事の準備をいたしますので、席についていただけますか?」
キビキビと働き始めた?
「イザート、執事ってあんな感じなの?」
主人に物怖じせずに発言をするのは、馬鹿にされているのか、職務として普通なのか、とても判断できなかった。
「さぁな。領地の屋敷で働いてもらってる執事も似たようなもんだが」
「それから、もう皆には持ち場に戻ってもらっても構いませんか?」
席に着かずにイザートとごしょごしょ話をしていたらギッとにらまれた。
「あー、侍女以外は、持ち場に戻って。あー、配膳の得意な侍女は誰かしら?」
私の言葉に、侍女以外が食堂を出て行く。残された侍女は、私の質問にお互いに顔を見合わせるだけで手をあげる者はいなかったけれど、皆の視線がちらちらとメイに嫌がらせをした金髪の侍女の一人に向けられている。
ああ、あんなことをしでかしたのだから、得意ですと手を上げにくいわよね。
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