えらそうにすいません
「料理長はどなたかしら?今日のメインディッシュは何?」
少し小太りの50手前くらいの男が一歩前に出た。
「はい、子羊のシチューでございます。特別な餌を食べて育てた子羊の肉でございます。肉に全く臭みは無くふんわりと甘い香りがする柔らかな極上の肉を3日間煮込んだ野菜で作ったシチューに入れました」
料理長の言葉にイザートが口を開く。
「ほう、それはすごいな。特別な餌を食べた子羊って、あれだろ。皇帝宮に生える香草だろ?皇帝ですら年に数回しか食べられない肉をよく手に入れられたな?」
イザートが感心したように頷いた。
そうなんだ。すごい肉なんだ。おいしそうだなぁ。でも。でもよ。
「他には?シチューの他にはメインディッシュは何があるの?」
たずねると、料理長ははぁ?と首を傾げた。
「だめね。料理長もまったくだめ。優秀な人はここにはいないのかしら」
ふぅと小さくため息をつけば、イザートが私の腕を強くつかんだ。
「リコ、分かっているのか?料理長は入手困難な食材をお前のために手に入れてくれたんだぞ?それに料理の味も確かめていないうちにダメ出しするのはただの言いがかりだろう!部屋に花を置いた侍女も気配りができるいい侍女じゃないかっ!」
イザートが厳しい言葉を私に発した。
「皆さん、今のイザートの言葉はちゃんと聞いたかしら?」
ニコニコと嬉しくなって自然に笑みがこぼれる。
「たった一人の侍女や料理長の心遣いをありがたく感じ、それを否定するようなことを言った私を叱り飛ばしました。使用人が理不尽な扱いを受けたとして、本気で憤りかばうような主人に仕えられるなんて、幸せだとは思いませんか?闇侯爵を、まだハズレだと思いますか?」
何人かの従僕や侍女がお互いの顔を見合わせた。中には気まずそうな顔をしている者もいる。
イザートは上に立つ者として俺は偉いんだとふんぞり返って使用人に我儘を言う人間じゃないと分かったことが嬉しい。
「リコ、お前、わざと俺を怒らせるために?悪かったな。ちょっと疑った……」
「わざとじゃないわ。本気の言葉よ。駄目なものは駄目だと教える。そうして、成長して誰よりも優秀になってもらいたいもの」
イザートの手をそっと外すと、花を置いてくれた侍女のすぐ目の前まで歩いていく。
「私のために花を用意してくれたことは嬉しいけれど、もし私が花が嫌いだったらどうするつもりでしたか?」
びくりと侍女が肩を震わす。
「そして、人によっては鼻の花粉を吸い込むとアレルギーが出る者もいます。私という人間が花が好きか嫌いか、アレルギーがあるか無いか、情報もないのに部屋に花を飾ったのはなぜですか?」
侍女が黙り込んでしまった。
「花でもてなすのはとてもいいことです。が、相手に合わせてもてなし方も変えられるのが優秀な侍女だと私は思います。まずは、玄関を花で飾るべきでしょう。その花に対してどんな様子なのか観察すれば、花が好きなのか、まったく興味がないのか、もしくは花を嫌っているのか。ある程度分かるはずです。それを見て、準備した花を部屋に持ち込むか辞めるか決めてもよかったのではありませんか?」
侍女が顔を上げた。
「料理長も、喜ばせようと最高の料理を準備してくれたことには感謝します。ですが、私が肉が嫌いだった場合はどうするつもりでしたか?私の情報は何も知らないのに、メインディッシュを1つしか準備していなかったのは、手落ちではありませんか?せめて、肉と魚と選べるようにしておくべきだったのでは?相手がどのような人間だったとしても喜んでもらえるように準備をしておくことができてこそ優秀ではありませんか?」
料理長がかぶっていたコック帽を取り、胸元で両手で抱えて頭を下げた。
「その通りです。私は未熟でした。最高の料理を出してどうだすごいだろうと自慢したかっただけなのかもしれません。相手の好みまで配慮が行き届かず……たしかに、私は一流ではなく二流以下なのでしょう」
すぐに、料理長の目の前に歩いていく。
「すぐに一流になれるわよ。だって、もう今度からは配慮できるんでしょ?そうしてすぐに自分の考えを改められる、向上心のある人はあっというまに成長して優秀になれるわ」
料理長が再び頭を下げる。
おもてなしは難しいですねぇ……。
良かれと思ったことが逆にマイナスになることもあるとか……。
それでは引き続きよろしくお願いいたします。




