イケメンにパンを突っ込まれる
最後のあがきで、倒れているところを通りがかりの人が見つけて助けてくれないかと、道の真ん中にあおむけに倒れている。
空の青さが目にまぶしいや。
ああ、今まで見た中で一番大きなドラゴンみたいなのが飛んでる。尻尾が長い。
「死にたくないなあ~」
「行きたくないなぁ」
え?
私の言葉に、誰かの言葉がかぶさった。
生きたくない?
私が死にそうになってんのに、なんて贅沢なセリフを!
「生きたくないなら、私が代わってやるわよ!ふざけないでよ!」
代わりにいくらだって生きてやる!
最後の力を振り絞って声を上げ、上半身を起こす。
「うわっ!人か!何で、こんな人里離れた場所に!」
どうやら、足元を見ずに空を見上げてぼーっと歩いていたのか、全く倒れている私に気が付かなかったようだ。
「……どうやら物取りの類でもなさそうだが、ここで何をしてたんだ?」
声の主が、しゃがんで私の顔を覗き込んだ。
30歳前後の男性だ。見事な黒目黒髪だけれど、顔の造作は日本人のそれとはまったく違う。アラブ系の、国を追い出されるレベルのイケメンだ。
あまりのイケメンっぷりに、ひゅっと小さく息を飲み込む。
石油王という単語が一瞬頭に浮かんだけれど、服装は飾り気のない生成りのシャツに茶色の太いベルトにブーツ。黒いズボン。皮の胸当てをつけ、腰には剣をぶら下げている。
剣と魔法の世界の冒険者の初期装備風だ。
ドラゴンが飛ぶ世界なんだもの。そういう感じの世界だって言われたって驚かないよ。
「地面に寝転んで、何をしていたと、聞いている」
は?寝転んで?
「倒れてました。3日間食べる物もなく、さまよって」
私の言葉を聞いて、男性は一瞬固まったのち、首を傾げた。
「変わった趣味だな」
「趣味じゃありません!」
ぎっと睨みつけると、イケメンは傾げた首を私の顔に近づけた。
ひぃっ!思わず後ろに遠ざかろうと体を傾けたら、フラフラの体力でそのまま後ろに倒れそうになる。
「おっと」
男性がとっさにたくましい手を伸ばして私の体を支えてくれた。
「お前、ずいぶん立派な黒い髪と黒い目をしているな」
何なの、この人。さっきから、倒れてふらふらしてる人に対する言葉としておかしなことばかり言ってない?
「よし。決めた!」
男の人が、腰に下げたずた袋から、パンを取り出した。
「食べ物がないって言ってただろ?パンをやってもいい。その代り、頼みが一つある」
目の前に出されたパンに、”声を潜めていた”お腹が再び騒ぎ出した。
ぎゅるる。
助かったという思いと、目の前のイケメン頼みとは何だろうと言う不安。
「行きたくないという俺の言葉に、代わってやると言ったのは確かだろうな」
は?まさか、最後のパンで、これを私がもらうと、食べる物がなくて男性の方が死ぬ……の?
そんな重たいパンもらえないと、青ざめると男はニヤッと笑った。
「流石に一人で行かせるようなことはしない。ちょうど、聖女を探していたところだ。一緒に行ってもらおうか」
へ?あれ?
一緒に行ってもらう?え?
いきたくない……って、生きたくないじゃなくて、行きたくない?
って、そうじゃない、そっちじゃなくて。いや、そっちもあれだけど。
「せ、聖女を探してた?まさか、私を聖女ってことで連れてくつもり?無理よ、私には何の力もないし、そもそも聖女がどういう存在なのかもわからない、さらには純潔でも純粋でもない三十じ……がぼぼっ」
「うるさい、ほらパンだ」
口にパンを突っ込まれた。
な、なんなの、この男!顔はいいけど……。
まぁ、パンは食べるけど。
一度突っ込まれたパンを両手でつかむ。少しずつちぎって口の中に入れてゆっくり噛んで飲み込む。
久しぶりの食事だ。胃がビックリしないように唾液としっかり混ぜてゆっくりね。
……まさか、聖女召喚?……なわけはないか。こんな森の中に召喚された上に3日間放置して死にそうにさせるわけないもんね。
「なんだ、身なりは山賊みたいなのに、食べ方は貴族みたいだな」
イケメンの黒い瞳……あ、よく見ると虹彩は茶色じゃなくてグレーだ。
って、近い、50センチほどの距離で、食べてるところじっくり見られるって、どんな拷問よ。
山賊……。