報告と評価
「そうですか、でしたら侍女のおこした事件はご存知かしら?」
セスの後方に立ち並んでいる、風呂事件の侍女と花瓶事件の侍女に視線を向けた。
驚くことに、5人は何事もなかったようにすました顔をしている。肝の据わり方がすごいな。
「ええ。聞き及んでおります。誤解からミスをしてしまったと」
誤解?ミス?
「あれが、誤解からのミスと言うのでしょうか?」
セスの眉は今度は全く動いていない。
「風呂に入ったことのない者への対応方法を、犬猫に対する者と同じようにすればよいと誤解していた。後輩の指導方法を行うタイミングをミスしてしまったと」
セスの言葉に、後ろに並ぶ侍女たちがにたりと愉快そうに笑っている。
そういうことね。報告さえされなければ、何をしようとも確かに何も恐れることはないだろう。
「誤解やミスを1つずつ皇帝宮に報告しろと、聖女様はおっしゃいますか?些細なミスや誤解で侍女を辞めさせたと思われては聖女様の皇帝宮での評価も落ちてしまいましょう」
セスの口の端が上がるのを見逃さなかった。
皇帝宮で悪い噂を立てられたくなかったら、いちいちごちゃごちゃ言うなと脅しているつもりなのか。
「ええ、そうですね。いちいち報告していたのでは、セスも仕事が大変でしょう。報告は一切必要ありませんわ」
私の言葉に、セスが今までの作り笑いではない笑みを顔に浮かべた。勝ち誇ったような笑顔だ。
事件を起こした侍女たちも同じような表情をしている。……そして、あろうことかそれ以外の使用人の多くも似たような顔をしていた。
「話はそれだけでしたら、私どもは、仕事に戻ってもよろしいでしょうか?」
セスが私の返事も聞かずに、使用人い指示を出そうと手を軽く上げため少し大きな声を出す。
「話しはまだ終わってません」
メイはどんな顔をしていたのか。顔を動かさないと見えない場所に立っていたため確認することはできなかった。
「この屋敷での働きは、1年後、皆さまが皇帝宮に戻ったときにビビカにまとめてしてもらいますから、セス、あなたの手を煩わせはしません。もちろん、セスの仕事ぶりも聖獣であるビビカに嘘偽りなくすべて報告していただきますからご安心ください」
「なっ」
私の言葉に、セスが初めて笑顔以外の表情を見せた。目を見開いて私を見た。
「せ、聖獣様にそのような、雑務をさせるわけにはまいりません、わ、私が責任をもって指導も報告もさせていただきますから」
セスが慌てて事件を起こした侍女を振り返った。
「お前たち」
侍女が青ざめている。
「セス、まだ話の途中です」
強い口調でセスの言葉を遮る。
「聖獣は、見たり聞いたりした記憶を瞬時に精霊と共有することができるそうなので、報告といってもセスのように情報を言葉にして書類にまとめるような作業は必要ないようなのですから、気にしなくてよいのですよ」
セスに、今度は私が余裕を見せた笑顔を見せる。
「もちろん、記憶は所詮記憶でしたから、別途その記憶がどのような意味を持つのか。使用人としての評価を下す必要があるでしょう」
後ろに並ぶ使用人たち1人1人に顔を向ける。
「評価の基準は、私とイザートが屋敷でいかに快適に過ごすことができたか。私が責任を持って評価を下します」
ニコニコと微笑んで侍女たちに顔を向けただけなのに、小さくひぃっと悲鳴を上げられてしまう。
セバスの後ろでニタニタ笑っていたくらいだから、山賊の娘の誤解はすでに解けてたんだよね?怖くないでしょう?
「私は、闇聖女として1年、この屋敷で過ごします。他の聖女たちのように、聖女としての力はありませんが……それでもこの屋敷にいる限り、お世話される貴人としての聖女であることは変わりありません」
自分で貴人というのに抵抗はあるけれど、立場の話なので許してほしい。いわゆる客と店員、患者と病人みたいな立場というか役割の話だ。




