集合
「なんだ?」
「食事の準備が整いました」
「分かった。案内はいい。聖女に言われたように、全員食堂で待機していろ」
イザートがドアの外に返事を返した。おお、私の暴走じゃなくて、ちゃんと侯爵も全員揃えることを許可してると暗に伝えてくれたのね。イザートは気が利くね。
「じゃぁ、食堂へと向かいますか、我が聖女」
イザートが左手を私に差し出した。
えっと、これって、本とかに出てきた、貴族が女性をエスコートするみたいなあれだよね?
差し出された手の平にそっと手を重ねると、イザートが、手の甲に触れるか触れないかのキスを落としてから、自分の腕に私の手を誘導した。
うわぁ。腕を組むのか。それで歩くのか。男性経験ほぼ皆無の私にはめちゃくちゃハードルが高いです。バクバクと高鳴る心臓の音をごまかすように、口を動かす。
「と、ところで、イザートはどんな嫌がらせを受けたの?」
「ああ。大したことはない。セスに指示したことの10回に3回は忘れられる程度だ」
「えーっと、単に忙しくてつい忘れちゃうみたいな……?」
仕事でも時々ポカをやらかしちゃうよね。あまりにも忙しいと。メモも取るんだけど、そもそもメモに目を通す暇もないくらい忙しくて、先方への連絡を忘れてしまうとか。……経験があるだけに、執事の仕事は多岐にわたって大変そうだし……つい、かばうようなことを言ってしまった。
「仮にも、皇帝宮から派遣さてれいる人間が、そんな無能だと思うか?」
確かに。皇帝宮で働くのって、すごい倍率を勝ち抜いた超エリートっぽいよね。皇帝に仕えてるんだもんね。そこから派遣されてるなら、10回のうち3回も支持されたことを忘れるなんてありえないか。いや、無能だからハズレ侯爵と言われる闇侯爵邸へ派遣された可能性もあるんじゃないだろうか?……他の侍女の質も、いいとは思えないけどな。
嫌がらせをする侍女。陰で同僚の足を引っ張ろうとする侍女。まだ仕事が十分にできない新人侍女。さて。集まってもらってどうなるかよね。
私は、もう心に決めたもの。どんないきさつであれ、闇聖女として1年ここで過ごすことになったのだから。闇聖女としての責務を全うするって。
食堂は、テレビでしか見たことがないような何人座れるか分からないような長いテーブルがあり、その端と端にカトラリーがセッティングされていた。
そして、広い食堂の壁際に、使用人がずらりと並んでいる。
執事のセス。侍女の服を身にまとった20名ほどの女性。調理担当者は5名ほどか。他に馬蹄や庭の手入れをするのか下働きの男と、主人たちの見えない場所での仕事をする下働きの女が数名といったところか。
セスが、一歩前に出た。
「私共も、いろいろと仕事がありまして、一体どのような理由があり全員を集めたのでしょうか?」
にこやかな表情を浮かべているものの、そこにはこの屋敷の主人であるイザートを敬うというよりは、責め立てるような感情が見える。
「人事権は、セス、あなたにあると聞きましたが。不適格な者の皇帝宮への報告はあなたのお仕事かしら?」
セスが右の眉を少し上げて、涼し気な口調で言葉を発した。
「さようでございます。このお屋敷にいます闇侯爵様と闇聖女様以外の不適格者の報告は私の仕事です」
セスの言葉に、ピクリと組んでいるイザークの腕が動くのを感じた。
そりゃそうだろう。セスの言葉には暗に、闇侯爵も、闇聖女も不適格だと言っているようなものだ。




