女頭目
「服を着たまま、頭からお湯をかけられたわ」
私の言葉に、イザートがぴたりと笑いを止めた。
「それから、顔の汚れがひどいからと、髪の毛をひっつかんで湯船に顔を押し付けられた」
イザートが顔に怒りを浮かべた。
「すぐに、辞めさせる。すまんリコ……。まさか、聖女にまで嫌がらせをするような人間がいるとは思わなかった」
聖女にまで?……と、いうことはイザートは嫌がらせを受けているということ?
「私は大丈夫。ねぇ、イザートは大丈夫なの?食事とか、その毒が入っているとか……その……何か……」
イザートが小さく頷く。
「そんな大それたことをすれば、精霊王から罰が下るさ。精霊の加護はなくとも、精霊の力の源となる魔力を有する侯爵には間違いないからな」
精霊の力の源となる魔力?それを持っているのが侯爵っていう存在?
「魔力って、魔法が使えるの?他の人も魔力を持っているの?」
つい、もしかしたら私も魔法が使えるのかと思ったら、気になる疑問が口をついて出てしまった。この世界の常識だったらどうしよう。
「先代の父と叔父と俺の3人だな。兄弟はいないから。残念だが魔力を魔法に変えてくれる精霊からの加護がないから。魔力があるといっても、魔法は使えない」
イザートの返事を聞いてほっと胸をなでおろす。闇侯爵の事情を尋ねられたと勘違いしてくれたようだ。というか、それくらい精霊だとか魔法だとかに関しては常識として皆知ってるって裏返しでもあるんだろう。危なかった。
どうやら王族だけが魔力を有するということかな。おっと。王族ではなく侯爵か。
もしかすると庶民にも魔力持ちがいるかもしれない。でも精霊の加護が無いと魔法が発動しないなら、あってもないのと一緒って話になるのかな。どちらにしても、この世界の侯爵は単に貴族の地位があるというわけではなく、特別な能力から侯爵という地位にある者みたいね。こんな空に浮かぶお城があるくらいだから、他にもいろいろ不思議な力がこの世界にはあるんだろうなぁ。
「まぁ、精霊の加護がなくたって、侯爵は侯爵だ。どれだけ俺に不快感を持っていても、実害が出るような嫌がらせはしないだろうと無視していたが、リコにまで嫌がらせをするなら放置しておけない」
部屋を飛び出して行こうとするイザートの手をつかんで止める。
「あの、大丈夫だから。っていうか、私が対応したいの。食事のときに全員集まるようにって勝手に言っちゃったんだけど、イザートが許してくれるなら使用人に言いたいことがあるんだけど……それで何人か辞めちゃうかもしれないんだけど、構わない?」
イザートがふっと口元を緩めた。
「ははは、泣き寝入りはしないってことか。さすが山賊の娘!」
「ちょっと、イザート、違うってば!まぁでもその設定でちょっとは助けられたけど……!」
「いや、むしろ、山賊の女頭目じゃないかと認識を改めているところだ」
はぁ?山賊の娘から、女頭目にバージョンアップしてるじゃないっ!
もう、ワンピースに着替えてるし、汚れてもいないのに、まだ山賊に見えるってこと?
ちょっとイザートをにらむと、すぐにイザートは私の髪に触れた。
「美しき山賊の女頭目になら、全てを奪われても構わないな」
う、う、美しい?!ちょっとおだてるにしても私に不和わしくない単語。
ああでも、もし平安時代みたいに髪の毛が美しさの基準というのであれば、私の髪の毛は立派な濡れ羽色で癖もなくてまっすぐでそこそこの長さもある。平安時代基準じゃ長さは足りないだろうけれど、侍女たちのまとめた髪のボリュームを見ると平安レベルの髪の長さの人はいなさそうだし、十分長いんだろうな。そうそう、平安時代の髪のお手入れにはゆすると呼ばれる米のとぎ汁を使っていたんだってね。本に書いてあった。
「リコ、目を反らして無視されると、ちょっと傷つくんだけどな」
うるさいっ。
今、イザートを見たら、もしかしたら私のこと……とか勘違いしちゃうでしょうが!絶対違うって分かってるし。単に髪の毛たちょっと魅力的だって話だし。
分かっていても、別のこと考えてないと、真っ赤になってみっともない顔を見せちゃいそうなんだからっ。
コンコンコンと、絶妙なタイミングでノックの音が響いた。