チート
「メイ、手を怪我しないように気を付けて。急がなくていいからね?」
思わず叫んでしまった。
私がいくら悪く言われても平気なのに。どれだけひどいことされたって、私が原因に違いないんだもの。聖女の力もないのに聖女扱いしなくちゃいけないって言われたら、腹が立つのだって分かる。
けれど……メイに嫌がらせをするのは許せない。メイを悪く言ったりメイの足を引っ張るのは違う。
「リコ様……」
リコ様……か。様をつけられて呼ばれるような人間じゃないけれど、きっと侍女と聖女という立場では様を付けないのは「侍女として失点」になってしまうんだろうなぁ。メイは侍女として立派なんだよと評価されてほしい。
イザートは、何も仕事はないと。何もせずに好きなように過ごせばいいと言っていたけれど……。私は、皆が分かっているように何の特別な力もない、ただの人間で聖女ではない。
だけれど、闇侯爵のイザートが選んだのだから、闇聖女という立場ではある。力のあるなしは関係なくここにいる限り闇聖女という立場は無くならない。……ならば。侍女たちに世話をされるのが私の役割ならば、役割を果たそう。メイを立派な侍女に、大聖女様とやらの侍女になれるような立派な侍女にしてあげられたい。
「ビビカ、なんか本はない?この国というか、皇帝選定会に関して書かれた本!」
まずは情報収集だ。
世間知らずで済む範囲のことと、いくら何でも知らないのはおかしいと思われることの境目が分からないのだから、人に尋ねるのは危険だ。
異世界から来たことが知られてもいいのか分からないうちは、隠せるだけ隠す。となると、情報収集は本を読むのが一番安全だろう。
文字は、あの板に書いてあるものが読めたのだから大丈夫。本も読めるはずだ。
「本があるのはこっち~」
「メイ、お茶は部屋に戻ってからでいいから。ちょっと本を見てくるわ」
パタパタと飛んでいくビビカのあとを追う。
はー、後ろ姿もかわいいなぁ。ぷりぷり揺れるふくふくのお尻に、その先に付いた尾もかわいい。ぎゅってしたいなぁ。
バタンと、ビビカがドアを開いて部屋の中に入っていったので、何も考えずにそのあとについていく。
「おわっ、ノック位しろってビビカか……っと、リコ、どうした?」
書類がたくさん積みあがった机にイザークがいた。
壁にはたくさんの本が並んでいる。
おや、書斎兼執務室みたいな感じだったのかな……。
「えーっと、本を貸していただけないかしら?皇帝選定会について何も知らないので。あと、精霊の加護とかあー、他の侯爵のこととか、なんかその……」
イザートは立ち上がると、2冊の本を取り表紙を私に向けた。
「どっち読む?」
1つは『皇帝選定会の歴史と六大侯』と書いてある。もう片方には『イザートの日記』
はぁ?
「イザートの日記なんて読んでも仕方がないんだけど」
嫌そうな顔を向け、皇帝選定会の歴史と六大侯に手を伸ばす。
イザートが驚いた顔をしていた。
「リコ、お前、本当に不思議な女だな。山賊みたいな恰好をしてるし、常識知らずもいいとこなのに、公用語だけでなく古語まで読めるのか?」
え?古語?私の目には、文字としての認識しかなかったけれど、これ、転移チートとかいうやつ?
「古語で書いときゃ誰も読めないだろうと思ったが、そうでもないみたいだな。鍵かけとくか」
「よ、読んだりしないわよ!」
「なんだ?読んでもいいんだぞ?俺に興味あるだろう?」
目の前に日記帳をぶらぶらさせる。
読まれたくないのか、読ませたいのかどっちなんだ。