頭にきました
「あっら~メイ駄目じゃないの!お部屋の状態を確認してからお通ししないと!」
「失礼いたしました聖女様。お部屋を整える間、こちらへ」
メイの後ろから2人の侍女が現れた。
作り笑顔を張り付けた美しい金の髪をした侍女が2人。
「まったく、こんな基本的なこともおろそかにするなんて、あなたのようなできそこないが大聖女様付きを目指すなんて身の程知らずもいいところよ!」
「さっさと片付けなさい!」
二人の侍女に強い口調で注意を受けるメイ。
「あの部屋は確かに整えられていたことを確認して……」
そうね。もし風で花瓶が倒れたのだとしたら、不測の事態だ。いや、その花瓶を倒れるような場所に置いたのは誰だという責任問題になっちゃうかなぁ。でもシーツがぐしゃぐしゃなのは風じゃないよね?
「口答えする気?片付けが終わったら二度と聖女様の前に姿を見せないでちょうだい。ああ、それとも仕事をやめた方がいいかもしれないわね?無能はいるだけで迷惑!」
え?ええ?ちょっと言い過ぎじゃない?私が何とも思ってないのに。
まさか山賊の娘が怒ってひどい処分を下されるまえに叱り飛ばして、怒りを収めてもらおうという先輩侍女のやさしさなのだろうか?
「うっぱぁー!もう、リコ、いつになったら部屋に入ってくるんだよ。俺様隠れて脅かそうと思って待ってたのに!」
「きゃっ」
ぐしゃぐしゃになったシーツの中から、ビビカが飛び出した。
「せ、聖獣様っ!」
侍女たちの動きが止まる。
パタパタとビビカが飛んできて私の頭の上に乗った。
「シーツが乱れていたのは、ビビカのせいみたいですし、花瓶も風で倒れたのでしたらメイは悪くないので叱らないで上げてください。メイ、片付けが終わったら私にお茶を用意してもらえる?」
メイのことを怒るつもりはないというアピールをすると、ビビカがむっとした声を上げる。
「花瓶は風で倒れたんじゃないぞ、その二人の声が聞こえてた。メイは目障りなのよ。お姉さんが大聖女付きだからって、まじめぶってさ。精霊なし闇聖女の世話なんて冗談じゃない。山賊の娘ごとき、どちらが立場が上か分からせてやるわ。ちょっとおだててこっちのいいように操ればいいのよ、えーっとそれからなんだったかな」
2人の侍女がガタガタと震えだす。
「わ、私たち、そんなこと……」
ふぅと小さくため息を吐き出す。
「聖獣……聖なる獣が言うことに嘘があるとは思えないのだけれど、あなたたち二人は、私の世話がしたくなくて、嫌がらせをしたのよね?」
二人は、下を向いて、先ほどまでは震えて怯えていただけなのに、急に怒りをあらわに叫びだした。
逆切れというやつだ。
「そうよ!闇侯爵なんて、他の侯爵様と違って精霊の加護がない駄目損ない侯爵じゃないのっ!絶対に皇帝に選ばれることのないハズレ侯爵」
「しかも、闇聖女は山賊の娘?だれがそんなハズレ侯爵のインチキ聖女の世話をしたいものですかっ!私たちだって、他の侯爵邸へ派遣されて、次の皇帝に侯爵様が選ばれるように誠心誠意お仕えしたかったのに……」
「国を統べるのにふさわしい侯爵様や聖女様となれるよう、陰ながら力になれればと思っていたのに……まさか闇侯爵邸に派遣が決まるなんて」
号泣を始めた。
闇侯爵は、精霊の加護がないハズレ侯爵?皇帝になる気はないと言っていたけれど、そもそも皇帝にはなれないということ?
なれる可能性はあるけれどそのための努力をしないのとでは事情が違う。成りたくないのか成れないのか。
彼女たちだって、はじめから悪い人間だったとは思えない。目標を奪われ、やる気を奪われ、希望がなくなり、病んでしまった……のだろう。
だからと言ってだ。
だんっと、二人の怒りとも悲しみともつかない叫びを制するように、床を思い切り足で踏み大きな音を立てる。
「あなたたちがやる気がない、やりたくないからって、他の人の足を引っ張るのは許せないわ。派遣されているすべての人を夕食時に食堂に集めて頂戴。いい、全員よ。そのときに顔を出さなかった人間はいらない。皇帝宮から派遣されてきたんでしたっけ?逃げ帰っていいわ。その代わり、派遣期間1日目にして仕事を放棄して逃げていく人間を皇帝宮がどのように評価するかは知らないけれど。すぐに皆に伝えてきて!」
びしっと指で出口を指し示す。
二人は慌てふためいて部屋を出て行った。




