関係改善は難しい
「アイサナ村の人たちは何をしているんですか?」
棘のある言い方に、慌ててマチルダに説明する。
「手伝わないと、いじわるされているわけじゃないからね?」
……まぁ、まったくいじわるされていないわけではないといえば、ないんだけれども。
「村人は、畑仕事をしてもらっているの。じゃがいもの栽培。私は、その、井戸が掘りたいから掘っているんだけど、水が出るかもわからないし、使えるようになるか分からないことにその……あまり……」
手伝って。
妹に食事の用意をお願いしたことがあった。せめて皿洗いでもと。
「ピアノを弾くための手を水仕事で傷つけろと言うの?それは私にはピアノの才能なんてないんだから、辞めろっていう遠回しの嫌味なの?ひどいわお姉ちゃん……っ」
妹を泣かせてしまった。
母に、雨が降った時に洗濯を取り込んでほしいとお願いしたこともあった。
「雨にぬれると体調が悪くなるのよ……それとも早く体調を崩して死んでほしい?そうなの?……ひどい娘ね……」
母ににらまれ、違う、そんなつもりはないと、謝った。
それからは母にも妹にも何かを手伝ってと言えなくなった。
お金がない。食べる物がない。明日が不安。
助けて、誰か、助けて……。
と。心の中では何度も叫んだけれど……いつも口から出る言葉は「大丈夫だから……ありがとう」だけだった。
自分のことを、誰かに手伝ってとお願いすることも、助けを求めることも難しい。
「大丈夫だから。一人で、その、ゆっくり掘ってるし、少しずつ穴が深くなっていくのって、案外楽しいものよ?趣味に、井戸掘りって言えるようになりそう」
にこっと笑って、3人の前を通り過ぎる。
エドが話し相手になってくれるから寂しくもないし。
「さすがにこの格好でうろつくわけにはいかないわね。まずは風呂に入るわ。着替えだけお願い。風呂はいつも通り一人で入るから、あー、それから食事の前にマーサに」
頼みたいことがと言おうとして、言葉を切る。
メイにいじわるをしていたマチルダ。ミミリアは食事の配膳の指導などで自分の役割を見出したようだ。けれど、マチルダはどうなんだろう。
他の侍女たちとは距離があるようにも感じるし、本人が遠慮しているようにも見える。
……先ほど、アイサナ村の人たちは何をしているのかと聞いたのは、私がひどい扱いを受けていると思って、私のために怒っていたのだろうか。……距離を置いているのは私の方かもしれない。今も頼み事をマーサにしようと名前を上げた。マーサの方が頼みやすい。マチルダには頼みにくい……と、私がこんな風に接していればそりゃ、侍女たちもやりにくいに違いない。
「いえ、マチルダに頼みたいことがあるの。レシピを書きたいのだけれど文字が書けないから教えてくれる?」
「畏まりました。お部屋に執筆用の道具も準備しておきます」
返事の声は固く緊張感がある。執筆用の道具?紙やペンは部屋にあったと思うけれど?
「私もお手伝いしますっ!売るためのレシピを作るんですよね?1枚でも多く書き写せた方が」
マーサの言葉に振り返る。
「あ、いや、書き写すわけじゃなくて、まずは1枚だけ……見本?ああ、もしかしてマチルダは何枚も書かされると思ったの?違う違う。執筆用の準備って……大量の紙とか……あー、いや、紙は大量にこれから必要になると思うけれど……インクも……」
あれ?
何枚も書かせるのって、もしかして……日本でも、間違えたら書き取りとか、失敗したら反省文何枚とか、修業のために写経だとか……。
大量に書くことは、罰だったり反省だったり修行だったり……心を改めさせるときに用いる手法で使われることもあって。マチルダの声が固かったのって、罰のようなものだと思ったから?
関係改善は大事だなぁ。どうすればいいんだろう。誤解を生まない程度には修復できればいいんだけどな。




