泥聖女
「な、な、な、なんですか!リコ様、その姿は……!」
ビビカに乗って、まだ日が落ちきるまえに闇侯爵邸に戻る。
建物の外で、今日の私担当の侍女。マーサとミミリア、それからセスが出迎えてくれた。
ビビカから降り立った姿に悲鳴を上げたのはマーサだ。
ん?そんな悲鳴を上げられるような姿なんて?と、見下ろして服を確認すると、泥まみれだ。穴を掘っているだけじゃなかった。そういえば、1mの深さの穴からよじ登ったりしてたから、シャツにもズボンも土汚れがひどい。手も、叩いて落とせる土だけは落としたものの、洗ってないので乾いた土で汚れているし、爪の間にも入り込んでる。鏡が無いから分からないけれど、この手で何度か汗をぬぐった記憶があるから、顔もひどいことになってるんだろうなあ……。
「あっは、もしかして、山賊っぽさが増してる?」
どんな顔になってるのかちょっと恥ずかしくなって、へらっと笑ってごまかすと、セスがハンカチを取り出して私の顔をぬぐった。
「リコ様、誰の仕業ですか?」
え?
「リコ様の顔に泥を塗るなど、許すわけには参りません……」
セスの声が冷たい。冷たい声を出しながら怒っている?
「いや、確かに顔に泥を塗ったようになってるけど、これ、あの、セス、私が自分で塗ったというか……井戸掘りしてたら」
あまり表情を動かさないセスの目がわずかに開かれた。驚いた顔?
「井戸掘り?いや、確かに井戸を掘るためのスコップなどを用意してほしいと頼まれましたが……誰かに掘らせるのではなく、リコ様ご自身で?」
そういえば、エドは誰かに井戸を掘ってもらったみたいだった。「井戸を掘る」と言っても、「自分で掘る」とは考えないのか?
「あーら、そこにいらっしゃるのは……」
隣の屋敷の前に水色のドラゴンが着地したと思ったら、水侯爵ハーレー様と水聖女エンジュナ様が二人が下りてきた。
そのまま屋敷に向かうかと思ったら、エンジュナ様が私の姿に気が付いて近づいてきた。
「泥聖女様でしたか?」
泥聖女?
「あら、失礼。あまりにも見事な泥まみれだったものですから。泥ではなく土、土聖女でしたか」
「いえ、闇聖女ですけれど。もしかしてエンジュナ様は人の顔を覚えるのが苦手でいらっしゃいますか?」
時々いるんだよね。顔を覚えるのも見分けるのも苦手というか、できない人が。なんとか症って名前もある症状で……。
「なっ、失礼な。私が物覚えの悪い頭の弱い人間だとでもおっしゃりたいの?」
単純に疑問を口にしただけなのに、誤解してしまったのかエンジュナ様がカッと顔を赤らめた。
「私、あなたのように遊んでいる暇はありませんの。今日も歌のレッスンがありましたの。失礼いたしますわっ」
ふんっと鼻息荒く、エンジュナ様が踵を返す。エンジュナ様が小走りに駆け寄ると、ハーレー様がにこやかにエンジュナ様の手を取りった。
エンジュナ様もそれは嬉しそうに頬を緩めて二人で仲睦まずく水侯爵邸へと姿を消す。
……二人は、恋人かしら?
歌のレッスン?そういえば、魔法を使う時に歌を歌っていた。歌の上手い下手で魔法が何か左右されるんだろうか。物覚え……か。歌詞やメロディを間違えて叱られたりもするのかなぁ。だとしたら、聖女様も大変だなぁ……。歌が下手だから魔法が失敗したんだ!とか責められるようなことを想像して苦笑する。
「リコ様」
セスの声に振り返ると、笑っているけど笑っていない顔のセスとマーサとマチルダ……の3人。
何をそんなに怒っているのでしょうね?
「水聖女様の言葉はお気になさらないように」
セス、気にしてないけど?何か気にしないといけないようなことを言われたっけ?
「リコ様は遊んでいるわけではないと言うのは、私たち全員理解しております」
マーサの言葉にああ、と思いたる。そうか、遊んでるって馬鹿にされたということか。まぁ、うん、自分がやりたいからやってるんだもの。義務で歌の練習をしてるわけじゃないから、言われても気にしないけれども。
「リコ様がご自身で井戸を掘るというのは、なぜでしょう?」
マチルダの質問に、ちょっと考える。
質問の意図がよくわからない。私が掘りたいからというような答えを聞きたいわけじゃないよね?誰かに手伝ってもらわないのはなぜかという意味だろうか?




