ないしょのはなし
歓迎されていなくて、いじめられている可能性を考える。もしかしたら本当にこれがこの世界の風呂の入り方、もしくは、風呂を怖がる人間を無理にでも風呂に入れてきれいにしなければならない侍女のやり方なのかもしれない。
けれど、よく考えたら、別に従う必要もない。
右側を押さえている腕が緩んだところで、思い切り力を入れて拘束を逃れる。
そのまま右腕で頭を押さえつけている手首をつかんで引っ張ってどかす。
「イザートに言われませんでした?私が山賊の頭目の娘だと」
ぺっと口に入ったお湯を吐き出しながら、侍女を睨み付ける。
まぁ、嘘だけど。イザートはそういう嘘をよくつくんだよ。
「さ、山賊?」
侍女たちが青ざめ、慌てて私から手を引いた。
「ここでの風呂の入り方は知らないけれど、私は私のやり方で自由に風呂に入りたいから、出て行ってくれない?」
がくがくと壊れた人形のように頭を前後にゆすりながら、侍女たちが風呂場から慌てて立ち去る。
べたんと、思いっきり滑って転んで頭を打ち付ける音が聞こえた。あー、痛そう。
「ちゃんと出た時に体を拭くものや、着替えを準備しておいてもらえるとうれしいけれど~」
と、声をかけておいた。
濡れた服を脱いで、改めてかけ湯をして体と髪を洗い、ついでに服も洗ってから湯船につかる。
「ふぁーあ、生き返るぅ。いや、死んでないけどぉ。……石鹸があってよかった。なんかリンスっぽいものもあったし。風呂に関してはこの世界は最高。……じゃないな」
風呂に入ったことがないんじゃない?とか、風呂という言葉すら聞いたことがないのかも?と、侍女は言っていた。
つまり、この世界は日本ほど風呂が当たり前に普及してないってことだ。皇帝選定会は、1年。イザートに追い出されない限り、1年は聖女としてこの屋敷にいられるとして、ここを出たら私はどうすればいいのかな。日本に帰ることができるんだろうか?帰ったとして私の居場所はあるのかな。
帰れなかったとして……風呂にはいれる生活は手に入れたいけれど、もしかしたらかなりハードルが高いのかもしれない。そもそも食べていくことすら結構厳しい可能性もある。いや、1年あるんだから。1年の間に考えればいいよね。
眠くなってきたところで、慌てて風呂から出る。
風呂で寝てしまっても誰も助けに来てはくれないだろう。
脱衣所に移動すると、侍女が待っていた。
15歳前後の気の弱そうな少女だ。私の姿を見ただけでびくりと肩を震わせた。
これは、山賊の娘と関わりたくないという先輩に押し付けられたのね。
ふぅと小さくため息をつく。
別に自分の身の回りのことは自分でできるから侍女なんていらないんだけれど、この世界のことを教えてくれる人は必要だ。
少女の差し出す布を受け取る。
「私の名前はリコ。あなたの名前は?」
「は、はひ、あの、メイと申します」
体を拭ききながらメイに質問を続ける。
「闇侯爵……この建物で働いている人は、誰に雇われているの?」
「あ、あの、すべての侯爵邸で働いている者は、皇帝様にお仕えしております。普段は皇帝宮で働いておりますが、皇帝選定会の行われる1年間だけ、6つの侯爵邸に派遣されております」
答えながら、メイは震える手で順に身に着ける衣料を手渡してくれる。下着……ゴムじゃなくて紐だなぁ。上も下も。
それから黒一色のワンピース。……いや、ドレスと呼んだ方がいいだろうか。スカートこそ大きく膨らんではいないものの、披露宴以外でいつ着るんだろうという装飾がついている。
「黒……か」
イメージカラーなのかなぁ。下着も黒だったけど。この屋敷にいる間、ずっと黒?もしかしてユニフォームみたいな、見てすぐに分かるように……チームカラーか?
「お気に召しませんでしたか?すぐに別の服を用意させていただきます」
「ああ、問題ないから。えーっと、部屋に案内してもらえない?」
「あ、はい、こちらです」
洗濯した服と鞄を手に持つ。
「私がお運びいたしますっ」
「ああ、自分で運ぶよ。私は聖女とは名ばかりのただの人だからね」
メイ……この子は味方だろうか。敵だろうか。
ふ、ふふ。敵とか味方とか、どうでもいいか。
「メイ、一つ大事なことを教えてあげる」
「だ、大事なことですか?」
声を潜めてメイの耳のそばで内緒話をするように話をする。