9.トゥルムフート会議②
「ララ様の印象はいかがですか?」
夜がどっぷり更ける頃、トゥルムフート国の執事とメイドたちは、ロイの部屋に集まっていた。
セバスの問いに、ロイは顎を撫でる。
「少しずつ健康になってきたな……親戚の子供の成長を見ているようで嬉しい」
一同ため息をついた。
「親戚の子供って……」
「ネコよりはマシなんですかね……」
「確認ですが、ララ様は婚約者様ですからね?」
呆れたように口々に文句を言う執事やメイドたち。
2週間前もこんなやりとりがあったな。ロイは頭痛を感じながら、頭を押さえた。
この2週間で、ララはずいぶん健康的になった。
指のあかぎれは治り、灰色の髪はメイドの手入れのおかげか、だんだん艶が戻ってきた。
最初の頃と比べると食べるようになり、痩せこけた体は、少しずつだが健康体になっている。
ただ青い瞳が、時おり暗くなるのは、2週間前とは変わらなかった。むしろ日に日に暗くなっているように感じる。
そしてこちらを見る目も奇妙だ。
「申し訳なさ」というのか、「自信のなさ」なのか、捨てられた獣のような顔をする。
こちらに伝えたいことがあるのに、口がどうしても動かない。そんな葛藤を抱いているような表情。
何か仕事などを振ったこともない。
「水魔法を使って欲しい」と言ったことも一度もない。
それなのになぜ彼女は、何かに押しつぶされそうな顔をするのだろう。
ロイは考えていると、「水魔法」の部分で、セバスに依頼した内容を思い出した。
「そういえばセバス、ヴィルキャスト家への調査はどうなった?」
聞くと、セバスの顔が陰った。
見たことがない暗い表情に、ロイは怪訝な目を向ける。
「こちらが調査報告書です」
机に滑らせるように紙を渡される。
ざっと目を通すと、そこには信じられない事実が書いてあった。
「ララには、魔法力がない……?」
「えぇ」
「さらにこの内容……」
ララには魔法力がないこと自体も信じられなかったが、その下に記載されている内容も到底受け入れがたいものだった。
そこにはララの境遇について、つぶさに書いてあった。
10年以上、農具小屋で過ごしていたこと。
食べ物も満足に与えられなかったこと。
家族から嫌がらせの数々を受けていたこと。
民からも侮蔑の目線や言動に晒されていたこと。
最後まで読み進めるころには、怒りで手が震え、紙がシワだらけになってしまった。
違和感だらけの見た目、
貴族とは思えない振る舞い、
そして暗い影を落とす瞳。
どれも全て家族からの仕打ちの仕業だったのだ。
あの親がバカみたいに溺愛していたのは、別の娘のことだったのだろう。
おそらく良い噂がない自分に嫁がせたくないと考え、代わりにララを寄越した。
彼女は家族からの命令にも逆らえず、嫁いできたに違いない。
魔法力がない自分が、他国に嫁いだらどうなるか。
騙されたと思った他国の貴族に、どんな目に遭わされるのか。
全て分かった上で、ララは嫁いできたのだ。
「婚約打診の前に、ヴィルキャスト家を調査するべきだったか……」
「貴族と貴族の取引。まさか代わりの娘を寄越すなどの愚策……いえ、大胆な真似をされるなど予想つかないでしょう。
調査も勘付かれてしまうと、相手に不信感を抱かせてしまいますし。
まぁあの家は気づかないでしょうが」
言葉にトゲを生やしながらセバスは言う。
感情をあまり表に出さない男だが、今回ばかりは違うらしい。
それはリーネとマニカも同様のようだ。
「年端もいかない女性にそのような仕打ちをされるとは……腐りきっていますね」
「ぶっ潰してやりましょう!」
「そう簡単に言ってくれるな」
ロイはため息を吐く。
ベルブロン王国は大国だ。資金も潤沢で、兵士の数も多い。
一方こちらは、兵士の質に関しては負けていない。大国とまではいかないが、精鋭の騎士が揃っている。
しかし問題は、
「……感染症による打撃が大きすぎる。そこに戦争が加わったら、まず勝てないだろう」
「……その件についてなのですが」
セバスが口を挟む。
そして別の紙を差し出してきた。題目には「水質調査書」と書かれている。
数値を見て驚く。
「先月よりずっと水質が良くなっている……?!」
「はい。良くなっている程度ではございません。
今まで行ってきた水質調査の中で、最高レベルの水質になっています」
「なぜ短期間でそんなに……」
疑問を口に出し、ハッと気づく。
セバスは頷き、そして確信を含んだ口調で言った。
「ララ様は、本当に魔法力がないのでしょうか?」
ネコ→親戚の子供にレベルアップ(?)しました。
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