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8.ドレスとおしゃれ 後編




イザベラ・リーネ・マニカが口を揃えた。

リーネが叱るように言ってくる。



「最低でもドレスは10着、ネグリジェも同じくらい買いましょう」

「20着ですか……?! ダメです、そんなに、高くなってしまいます」

「いえ大丈夫です。ご主人様の財布はそれくらいじゃ揺らぎません」

「なぜ私の財布事情をお前が知ってるんだ、マニカ」



ロイはため息と共に女性陣をたしなめ、ララの方に向き合う。



「遠慮ならしなくていい」

「で、ですが……!」



ララはドレスの裾を握りしめる。

自分はいずれ人質にされる身だ。そんな自分にお金などかけて欲しくはなかった。

ただ正直に言えるわけでもなく、体が震えてしまう。するとエリーが助け舟を出してくれた。



「本日はネグリジェ含め5着ほどでいかがでしょう?

試着も時間がかかってしまいますし、徐々に増やしていくことで」

「そ、それでお願いします……!」



5着でも申し訳ないが、20着購入されるよりは良かった。

他の女性陣は残念そうな顔をしたが、本人が言うなら仕方がない。「かしこまりました」と頷いてくれた。

胸をなで下ろして、エリーの方に目線を向ける。とてもきれいなウインクをくれた。


試着は思ったよりも体力が必要だった。


イザベラが手を叩くと、5人の女性が裏から登場した。

慣れた手つきで、まず全身をメジャーで測られる。そして別の女性が、紙に細かく書き込んでいく。

女性陣のチョイスのもと、ドレスがどんどん運ばれていく。

その間、ドレスの下に着る補正下着を着せられた。周りだけか目まぐるしく動いていく。

まるで自分がお人形になったようだ。



「ララ様は何か好みのものとかはありませんか?」

「……お任せします」



おしゃれなど何も考えたことはない。ボロ小屋に暮らしていた時も、綿でできた服を着回していたのだ。

ほつれても、破れても、自分で縫って直していた。


唯一、ドレスを着る機会があったのは、妹のメアリに強制的に街へ連れられた時だけだ。

その時もおしゃれについて考えることはなかった。


彼女が持ってくるドレスはどれもサイズが合っておらず、

そして何故かは説明できないが、恐ろしく似合っていなかった。

ドレスを着た自分を見て、何度ため息をついただろう。

また民たちに笑われるのかと思うと、消えてしまいたくなった。


きっと自分の素材が悪いのだろう、結論づけると幾分楽になった。

「似合うかもしれない」と期待を持つから、鏡に映る自分に絶望するのだ。




「ララ様、できましたよ」




イザベラの声で、淀んだ記憶から目が覚める。

大きな鏡に映る自分の姿を見て、ララは大きく目を見開いた。






「素敵ですよ」




言葉が出なくなっているララに、リーネは穏やかな声で褒める。


オフホワイトを基調にした生地に、細やかな植物が織られている。

フリルなどの装飾は、手首や首元など最低限に留められていた。

その代わりに、胸元の刺繍が見事だった。大胆に波のような模様が、金の糸で刺繍されている。

目は引くが、決して派手ではない。落ち着いた煌めきを放っていた。


今まではドレスに着せられているような印象しかなかったのに、目の前にいる自分は違う。

ドレスが自分に寄り添い、自分の存在を引き立たせているのが素人目でも分かった。


イザベラがそっとララの肩に触れながら言う。




「ララ様は淡い色の方がお似合いになりますね」

「は、はい」

「あとはリボンやレースなどは控えめの方が良いと思います。

代わりに刺繍などをあしらった、上品なデザインでしたら着こなせるかと」




イザベラの教えに、頷いて答える。


メアリのドレスは、原色に近いものが多かった。

さらにフリルやレースが多量に施され、ボリュームがあるデザインばかりである。

どれもイザベラの教えとは、反対の要素ばかりだ。



「ドレスはどんなデザインでも美しいものです。

それを着こなす人がいるか、いないかの違い。それだけなんですよ」




にっこりと微笑むイザベラ。

ララはこくりと頷いて、感謝の言葉を紡ぐ。


その時、店内の扉の方で声が聞こえてきた。




「何かララ様に着てもらいたい服などありませんか?」

「そうだな……この桃色のドレスとかいいんじゃないか」

「ご 主 人 様! 目についたドレスを適当に言ってません?!」

「どれも一緒に見えてな……」




店内で待機していたロイとマニカが言い争っている。

イザベラがくすりと笑うと、ララも思わず笑ってしまった。


ララはもう一度、鏡にいる自分を見つめる。

胸元の刺繍が、ライトに照らされ、キラリと光る。こんな美しいドレスを、少しでも着こなせたと思えたのが誇らしかった。


人生で初めて「おしゃれ」が楽しくなった瞬間だった。





ドレスとネグリジェを合計5着購入し、店を出た。

ララのサイズに調節し、後日送ってくれるらしい。


デザイン自体はシンプルだったが、刺繍などの細かな部分は、巧みな技術が光っている。

絶対に高価だっただろう、ララは申し訳なさでいっぱいになった。




「あの、旦那様」

「ん?」

「その、ドレス、ありがとうございます」

「気にしなくていい。君は私の婚約者になる人なのだから」




目を細めて言うロイに、胸が締め付けられる。


彼に大切にされていると思うと、とろけるくらいの幸せを感じる。

一方で、いずれくる終わりの時を思うと、じわりじわりとララの心を蝕んでいった。


「婚約者」と言う響きは甘美でもあり、ララにとっては、毒でもあった。




♦︎




トゥルムフート王国へ来て、約2週間が経った。


ボロ小屋での生活と比べると、天国のような日々を過ごしていた。


あたたかい部屋で、ふわふわの布団で眠ることができる。

食事は毎日3食、お腹いっぱいまで食べることができる。


そして自分に優しくしてくれる人がいる。


朝の穏やかな光に包まれた部屋を眺めながら、ララはぼんやりと思った。



(こんな毎日が、続けばいいのに)



願ってから、その願いを追い払うように頭を振る。

いずれ自分に魔法力がないことは露呈するはずだ。


ララは目を瞑り、前の家族の罵声を記憶から呼び起こす。



『役立たず!!』

『ヴィルキャスト家の穀潰しめ』



辛く、悲しい、寂しい気持ちを掘り起こす。


幸せを感じた時の、ララの防衛本能のようなものだった。

自分でも愚かなことをしていると思う。それでも止められなかった。



(幸せに、慣れてはいけない……)



自分に強く言い聞かせる。

気持ちが沈んでいくのを感じ、少しだけ安心する。

幸せが当たり前になってしまうと、この先くる未来に耐えられる自信がなかった。



(大丈夫、今の幸せは一時的なものだと、分かってる)




ララは自分に言い聞かし、ベッドから降りた。


クローゼットを開け、庶民用の服を取り出して着替える。

イザベラの店の帰りに、何着か買ってもらったものだ。

聞くと、貴族がお忍びで城下町へ遊びにいく際に重宝されているらしい。


ララは毎朝、この服に着替えて、川へ向かっていた。

ドレスとは違い、自分1人で着ることができるタイプなので助かった。自分の習慣のために、エリーを起こさずに済む。


そろりと部屋を出ると、屋敷裏の森へと向かっていった。



木々が網目状に重なり合い、間から朝の光が漏れる。

踊るように揺れる木々の音を聞きながら、歩を進めていく。


川へたどり着くと、いつもと変わらぬせせらぎが迎えてくれた。

川底まで透き通り、魚たちが元気に泳いでいる。水面は太陽の光でキラキラと輝き、銀河のようだった。


ララは大きく深呼吸をし、目を細める。朝の神聖な空気が、肺の中に満ちた。

そしていつものように川の側でひざまずき、手を組んだ。



母と、ロイ。そして執事やメイドたち。



思い浮かべる人は、いつもと同じだった。

彼らの笑顔を思い浮かべると、お湯のような温かいものが胸の中に広がった。



ーーどうか、彼らに祝福を。



ララが祈ると川は光って、消えた。

鳥のさえずりが響くなか、彼女は祈り続けていた。





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★★★

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どのキャラも魅力的ですが、
個人的にはロイがカッコよすぎて、
作者がドキドキするレベルです(笑)

コミカライズでも、
ララが幸せになるまでのストーリーを
お楽しみください!



お知らせの最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
ぜひ高評価★や感想なども
お待ちしております!
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