6.トゥルムフート会議①
「ララ様の印象は、いかがでしたか?」
セバスに問われ、ロイは顎をさすった。
メイドの2人、特にマニカは何故かワクワクしたような目で見てくる。
その目線に首をひねりながらも、正直に答えた。
「そうだな……孫を見てるような感じだった」
一同ずっこけた。
長年仕えている使用人たちの初めての反応に、こちらが驚いてしまう。
マニカはわなわなと声を震わせながら言った。
「子供もいないのに、孫って!」
「今回ばかりはマニカに同意です」
「確認ですが、ララ様は婚約者ですからね?」
3人口々に言葉を吐き出していく。
なんだか責められているような気がして、ロイは少しだけムッとする。
「わかっている」とグラスに入ったウイスキーを飲むと、喉に熱が走った。軽い酔いに任せ、言葉を紡いでいく。
「私を精一杯見上げる顔とか、
緊張しながら食事をするところとか、
そのくせ素直に私についてくるところとか
……あぁそうか、孫ではないな」
「ですよね?!」
「ネコだ」
「ちっがーう!!」
マニカの叫び声。暴走しかけているが、リーネとセバスは止めもしない。むしろ肯定するように頷いている。
ここの主人は自分だよな……?と疑問を持ちつつ、ウイスキーを再び煽った。
そして強めにグラスを置くと、ピリッとした空気が部屋に走る。先ほどまでの愉快な雰囲気が霧散した。
昼間のララの姿を思い出しながら、言う。
「正直、違和感だらけだった」
リーネが指摘するように、まずドレスのサイズがおかしかった。そもそもあの歳の令嬢にしては痩せすぎている。感染症にかかり、飯が喉を通らない民より痩せこけていた。
そしてカトラリーを握る手は、あかぎればかりで、見るからに痛々しい。
食事の量についてもだ。
裕福な令嬢が、パンとポタージュだけでお腹いっぱいになるわけがない。遠慮しているかと思ったが、そうではなく、本当にあれ以上の食べ物が入らない様子だった。
食べる時の表情や、遊びで出したクイズを真剣に悩む顔……素直な性格だとは思う。一方で、時折見せる辛そうな顔が痛ましかった。彼女は一体何を苦しんでいるのだろう。
先日までは、一刻も早く水の浄化魔法を使ってもらうよう頼むつもりだった。
しかしララのあまりにも弱りきった体を見て、何も言えなくなってしまった。
ララの回復を待つ間にも、民たちは苦しんでいる。それは分かっていたが、1人で何か思い詰めている少女に、重圧をかけたくはなかった。
「……どうすればいいんだろうか」
激しい葛藤に、眉根を寄せる。
するとマニカは重い空気をわざと壊すかのように、明るい声で言った。
「まずはララ様を太らせましょう!」
「……まぁ必要だな」
「そして着飾りましょう!」
「……」
「ララ様、絶対に綺麗になると思うんですよね〜! 原石って感じですよね!」
再び暴走しかけるマニカに、今度はリーネからの手刀が決まった。マニカは呻きながらうずくまる。
容姿の部分はどうか分からないが、健康面に関しては賛成だった。魔法は激しくエネルギーを使うものだ。太らせるとまではいかなくても、せめて標準の体型にまでは戻したい。
「ララ様の回復を待つ間、情報屋にヴィルキャスト家のことを調べさせましょう」
セバスが提案に、ロイは頷く。
すると次はリーネが提案した。
「街で、ララ様のドレスを見繕うのはいかがですか?」
「いや、流行など分からないから、任せる」
「それはいけませんよ」
リーネはぴしゃりと言う。
「婚約者になる方です。ご主人様が好みのデザインで着飾るべきです」
そんなものなのか、と素直に頷いておく。リーネは怒らせると一番恐ろしいことを、身をもって知っていた。
それに、とリーネは言葉を続ける。
「原石、というのは私も同じ意見です。
磨けばきっと、トゥルムフート国すべての目線を集める宝石になるでしょう」
言い切るリーネ。彼女はお世辞などは言わず、心から思っていないと口にしないタイプだ。
そんな彼女にそこまで言わせるとは……と軽く驚き、ララの姿を思い浮かべる。
あまりにも痩せこけた体や、ぶかぶかのドレス。傷ついた指先や、水分が失われた灰色の髪の毛。
こちらを伺うように食事をし、受け答えも自信のなさが口調に現れていた。動きも洗練されておらず、どこかぎこちない。
透明度の高い青い瞳は美しいと思ったが、
光は少なく、暗く染まることの方が多かった。
そんな彼女が宝石になるのか、皆目見当がつかない。
彼女は宝石というより、
「やはり、拾ってきたネコだな……」
無意識に呟くと、3人のじとりとした目線を感じた。
ロイが誤魔化すように咳払いをすると、リーネが思い出したように尋ねてきた。
「ちなみに、ララ様の看病へ行った時も何もなかったのですか?」
「? きちんと看病したぞ。あぁ、そういえば」
「えぇ」
「頭を撫でたな」
「え?!」
3人が驚き、こちらを見る。
「なぜそのようなことを」とマニカがきらきらとした瞳で聞いてくる。ロイは正直に答えた。
「頼まれたからだ」
「その時、ご主人様はどう思われたのですか?!」
「そうだな……
『ネコがなついてきて嬉しい』の感覚に近い」
「ネコから離れてください!」
はぁっと一同ため息をつかれる。なんだか馬鹿にされた気がして、再びムッとした。
ウイスキーを最後の一滴まで煽り、トゥルムフート家の会議は終了を迎えた。
恋愛には疎いロイさんでした。
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