【番編】エリーの奮闘
こんにちは、エリーです。
この度、ララ様にお仕えすることになりました。
私の判断は間違っていなかったと、そう信じたいこの頃です。
こう見えても貴族の私です、とは言っても火の車の没落貴族ですが。
賭け事大好きな父と、散財大好きな母。そんな2人をほぼ追放のような形にして、今のトップは兄になりました。
兄はお金を湯水のように使う両親を見てきたからか、ああはならんと堅実に領地を治めています。
しかしお金がないのも事実なわけで……。
弟と妹が3人。彼らをなんとかして学校に通わせないといけません。
長女として私は、早くから奉公に出ました。
「エリーの生きたいように生きて欲しい」
兄にはそう言われましたが、私の人生など、どうでもよいのです。
かわいい弟や妹、彼らに教育を受けさせなければ。学校を出れば、選択肢が大幅に広がります。
彼らにこそ生きたいように生きて欲しい。
そう伝えると、兄は悲しそうに微笑みました。
馬車馬のように働くこと5年。脇目も振らず働いてきたので、評判も高かったように感じます。
兄が治める領地もだいぶ安定してきました。弟や妹も学校へ行くことができました。
しかしまだ足りません。彼らが大人になっても、安心して暮らせるようにしなければ。
それが私の人生の意義だと思うのです。
そのため縁あってヴィルキャスト家に仕えることになったときは、喜びで飛び上がりました。
裕福な家庭であれば、賃金が跳ね上がります。
ヴィルキャスト家といえば、この国で知らぬものはいません。王国を流れる大きな川の浄化、人々の生活を支えている貴族です。
しかし入ってみると、悪い意味で想像を裏切られました。
まず使用人部屋が小さいのです。
前の屋敷でも決して広かったわけではないのですが、比べても明らかに小さいです。
前は、ベッド・テーブル・そして寒暖差が激しい国のため暖炉が置かれていました。
しかしヴィルキャスト家はベッドしか置いてありません。
さらに使用人の食堂もかなり小さいです。
雇う人数に対して狭いため、食事が重なった時は、下級メイドは廊下で待たなければなりませんでした。
そして、使用人の質も酷いです。
まず部屋や食堂から分かるように、環境が良くありません。日々の疲れを癒せず、パフォーマンスを発揮できなかったり、体調不良を起こすメイドも多くいました。
一番残念だったのは、主人たちを全く好きになれなかったことでしょうか。
揃いも揃って横暴な方達でした。
虫の居所が悪ければ、理不尽なことで怒鳴りつけてきます。奥様に「気に入らない」と、扇で叩かれたメイドもいたそうです。
子供であるメアリ様、ヤニック様も同様です。
メアリ様はプライドが高い方でした。お付きのメイドは、常に彼女の顔を伺わないといけません。そして彼女の言葉には「イエス」以外の言葉は許されないのです。もしそれ以外の、たとえば彼女をたしなめるような言葉を言ってしまうと、容赦なくクビにされてしまいます。
ヤニック様も、別の意味で厄介です。
メアリ様と比べて魔法力が劣るという事実が許せないのか、たびたび人が変わったように怒り狂うそうです。普段は穏やかな方なのですが、感情が爆発したヤニック様は誰にも手がつけられません。お付きのメイドで辞職者が一番多いのは、彼のメイドというのも頷けます。
心身ともに疲労が溜まっていく中、ある噂が広まりました。
ヴィルキャスト家の長女が嫁ぐ、と。
「メアリ様のことですよね?」
「違うわよ。実はもう1人子供がいるのよ」
別のメイドから聞いて驚きました。
働いて1ヶ月程度ですが、その子供の存在の話を一度も聞かなかったからです。まるで話さないようにしているかのような。
噂好きのメイドは話を続けます。
「トゥルムフート王国ってあるでしょ? そこで伝染病が流行ってるらしくて、水魔法が仕えるメアリ様を欲しがったんだって。でもその相手が38歳で独身で、弟に王太子の座をとられちゃった人みたいで……メアリ様が癇癪を起こしたのよ」
「それは……大変ですね」
「ホントよ。メイドも、旦那様も、奥様もみーんな困っちゃって。そこで代わりに選ばれたのが、もう1人の子供ってワケ」
貴族なら愛のない結婚や、政略結婚もあるだろうに。
それを癇癪一つで逃れられる。ヴィルキャスト家で宝のように扱われるわけだ。
そしてもう1人の子供の存在が気になった。
ここまで存在が話されていないということは、すでに家を出ていたのだろうか。
どちらにしても私には関係ないこと。そう思って過ごしていたはずなのに。
長女であるララ様の出迎えは、メイド長と新人たちでチームを組まれた。
他のメイドたちは、ひそひそと何か噂をしている。するとララ様がとことことやってきた。
(なんて、ひどい)
メアリ様と比べて10センチくらい低い身長、そして痩せこけた体。
灰色の髪はパサパサで艶がなく、顔には生気がない。指はボロボロの状態で、見るからに痛々しい。
瞳だけは青く美しく光っていて、どこか不釣り合いだった。
これが貴族の子供なのか、思わず絶句してしまう。
ララ様はぺこりと頭を下げて、メイド長は屋敷へと案内した。
後ろからついていくと、隣で新人メイドたちが小さく話している。
「あの農具小屋の押し込まれて……」
「前の奥様の子供らしい……」
彼女たちの噂話で、なんとなく全体像が見えてしまった。
私はため息を飲み込んで、必死にメイド長へついて行こうとするララ様を見た。
家で食べるものが少なかった頃の弟や妹たちより、痩せこけていた。
着ている服も至る所がほつれていて、何度も修復された跡があった。服から伸びる足は細く、骨が浮き出てしまっている。この家の闇の部分を見てしまって、私はそっと瞼を伏せた。
メイドたちは無言で粛々とララ様を着飾った。あまりにも雑な手つきだったので、注意しようと口を開いたが、すぐに閉じた。目をつけられて厄介なことにはなりたくない。
そうして出来上がったのは、ぶかぶかの真っ赤なドレスと、塗りたくられた白粉、そして生気のない瞳を持った令嬢だった。
トゥルムフート王国までは2ヶ月ほどかかる。ここまでの化粧は必要がないはずだ。
しかし私には主人の思惑が透けて見えた。ヴィルキャスト家から出発する馬車の中に、みすぼらしい令嬢がいたら下手な噂が立ちかねない。見た目だけでも取り繕うという魂胆だろう。
体裁ばかりは気にするこの家らしい。
何も言わないララ様を部屋に取り残して、新人メイドだけが集められた。
「2ヶ月間、トゥルムフート王国までララ様の付き添いを誰かにお願いしたいわ」
メイド長の言葉に、重い沈黙が部屋に降り立った。
誰も手を挙げようとはしない。当然だろう、華やかな屋敷に、見るからに痛々しい令嬢が隠されていたのだから。
おそらく馬車も安物が用意され、過酷な旅になると容易に予想がついた。彼女らは互いに目配せして、「あなたが行きなさいよ」と牽制しあっている。
醜い静かな争いに、私は内心ため息をついた。
頭に浮かんだのは、先ほどのララ様のお姿。食べるものもなく、やつれた顔をする弟や妹たちが重なる。
気づけば私は手を挙げていた。
「私が、行きます」
♦︎
案の定、馬車は安物で、石を踏むたびに大きく揺れた。積んである食事も簡素なもので、手渡された旅費も少なく、安い宿に泊まるしかなかった。
途中でララ様が泣いてしまわれた時は、胸が締め付けられそうだった。あの家族は、この少女にどれほどの傷を負わせてきたのだろう。
ハンカチを渡せば、彼女は本当に嬉しそうに微笑んでくれた。
メイドが持っているような、どこにでもある白いハンカチ。
メイドたちが施した化粧は酷いものだったが、涙に濡れるブルーの瞳は、はっとするほど美しかった。
身体的には辛い部分はあるものの、ララ様との馬車の旅は、とても穏やかだった。
ララ様の口数は少なかったが、共に過ごす空間は心地よかった。
いつ怒鳴るか分からないヴィルキャスト家の人とは大違いだ。
ただ時々、海底のように瞳が暗く沈む。「メアリ様の代わりに選ばれたのが、もう1人の子供ってワケ」とメイドが教えてくれた情報を思い出す。あの家族のことだ。代わりにララ様を嫁がせることを言っていない可能性もある。もしそれが明るみに出れば、痛い目に合うのは間違いなくララ様だろう。
家族にする仕打ちとは到底思えない。拳を握りしめて、目の前の少女を見る。
2ヶ月の旅が終わる頃には、私の中には一つの決意が生まれていた。
♦︎
「ベルブロン王国に戻るべき」と不安げなララ様を説得して、トゥルムフート王国に勤めることにした。
退職する旨をしたためた手紙をヴィルキャスト家に送った。メイドに無頓着なあの家らしい。特に止められることもなく、辞めることができた。
家族にも手紙を出した。
他国で働くことを心配する声もあったが、「エリーが自分の意思で選んだのなら」と兄弟たちは自分の意思を尊重してくれた。
元王太子と聞いていたため、豪華絢爛な屋敷に住んでいるかと思いきや、落ち着いた雰囲気の屋敷だった。
屋敷の規模も小さいし、絵画や像などもほとんど置かれていない。特に驚いたのは、メイドと執事が合わせて3人しかいないことだ。
仕える主人が1人とはいえ、少なすぎる。
主人の身の回りの世話、食事、掃除など、すべて3人で担っていると聞いていた。この人数で仕事が回るのだろうか……と最初は不安に思ったが、メイドや執事の有能さはケタ違いだった。
今まで様々な主人に仕え、様々なメイドたちを見ていたが、圧倒的に質の高い仕事をこなしていた。効率的で、仕事も丁寧。教えてもらうこちらが惚れ惚れするような手際だった。
さらに主人のロイ様に対しても、冷や冷やするような物言いをよくしていた。なんの忖度もなく、自分の意見をはっきりと述べる。驚いたのはロイ様自身も頷き、メイドたちの意見を取り入れることだ。そんな主人を見たことがなかった。
仕事量は増えたが、やりがいのある毎日。
用意された部屋も、ここを本当に自分が使ってもいいのかと疑うほど広く、質の良い家具が揃えられていた。
給金もヴィルキャスト家で勤めていた頃より2倍以上に跳ね上がった。
何より嬉しかったのが、ララ様が美しくなっていったことだ。
噂と違い、優しく温和なロイ様。執事やメイドたちからも最大の敬意が払われていた。
そんな彼のおかげで、少しずつ彼女の心も開いていったようだ。
しかし時折見せる不安げな瞳は変わらなかった。私に何かできないだろうかと歯がゆい思いを抱えながら、2週間が経った。
ある日の朝、ララ様の髪を整えている時、彼女はすべてを話してくれた。
自分が義妹の代わりに嫁がされたこと。
トゥルムフート王国は浄化魔法を望んでいたこと。
しかし自分は魔法力を持っていないこと。
それでもロイ様は許してくれたこと。
その日からララ様の表情は明るくなった。
同時期にララ様の浄化魔法の力が発覚し、街の中でもララ様の噂で持ちきりになった。
「ララ様は街へ下りてこないのかい?」
「どんな方なのかい?」
「ありがとうと伝えておいてくれ」
トゥルムフート家に仕えているため、自分も声をかけられることが増えた。「あまり屋敷で得た情報は流さないように」とリーネさんから忠告されていたため、何も言わずに曖昧に微笑む。民の噂はどれもポジティブなもので、私は内心誇らしかった。自分の仕える主人が民から愛されていること、メイドとしてこれ以上の喜びはない。
自分がトゥルムフート家に仕えて3ヶ月が経った頃、兄から手紙がきた。
ベルブロン王国で感染症が流行しており、長引きそうだと手紙に綴られていた。不安をぽろりとマニカさんに漏らすと、「それ秘密事項ですか?」と謎の質問をされた。ベルブロン王国が感染症に悩まされていることは周知の事実だし、特に隠しているわけではない。そのことを正直に伝えると、後日、ロイ様から呼び出しされた。
心臓が破裂しそうなほど緊張して執務室に入ると、驚くべき提案をされた。
「君の家族が望むならトゥルムフート王国で住むよう手配する」といったものだった。そんな手間もお金もかかることを何故……と思わず本音が漏れてしまう。自分はただのメイドだ。そこまでしてもらう義理もないはずだ。
しかしロイ様は「ララは君がいてくれてよかったと言っていた……君には感謝している」と言われ、目頭が熱くなってしまった。ここに勤めてよかったと心から感じた出来事だった。
私の判断は間違っていなかった。そう確信しながら働く毎日。
そして、ララ様に仕えて、7ヶ月が経った。
(女神がいるわ)
真っ白なウェディングドレスを身に纏った少女を見て、私は本気で思った。
前婚式の日、ヴィルキャスト家は他国の王族や貴族に呪いをかけるという信じられない事件を起こした。他国の王族たちと、ベルブロン国王の怒りを買い、牢屋にぶち込まれたそうだ。あのままヴィルキャスト家に勤めていたら……と想像してしまうとゾッとする。
元主人たちを頭の中から追い出すように、私は小さく首を振って、目の前の少女を見た。
部屋の窓から朝日が入り込み、彼女を照らしていた。
ララ様は私を見つめて微笑む。あまりの美しさに、顔に熱がのぼっていった。
彼女は頭をかがめたので、自分は手に持っていたダイヤのティアラをそっと載せた。その時、ダイヤが日の光に照らされ、私の瞳からぽろりと涙がこぼれた。
パサついた髪、あかぎれだらけの指先、痩せすぎて浮いてしまった骨、生気のない瞳。
ヴィルキャスト家にいた頃のララ様を思い出し、目の前にいる彼女を見つめた。
艶のあるグレーの髪はまとめられ、ダイヤのイアリングが小さく揺れた。磨かれた爪と、ほっそりとした指先。健康的な体つきと、優雅で自信に満ちあふれた仕草。長いまつ毛を瞬かせると、宝石のようなブルーの瞳がきらめく。
あぁそうかと私は思う。
ーー自分は今、奇跡に触れているのだ。
ララ様は顔を上げて、私の泣き顔を見て、少しだけ驚いた顔をした。
どこまでも優しい、彼女らしい反応だった。
「きれいです、とても」
私は白いハンカチで目元を抑える。
ララ様も少し泣き笑いのような表情を浮かべて、言った。
「エリー、ありがとう」
「こちらこそ」
今日、私のご主人様は結婚する。
とても幸せな結婚をする。
こちらのエピソードで完結です!
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