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【全年齢版】灰かぶり令嬢と行き遅れ元王太子の結婚  作者: 海城あおの


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【番編】豊漁祭




結婚式を終えて2週間後、豊漁祭へいくことになった。


秋が深まる頃、トゥルムフート王国で催されるお祭りだった。海辺の街で獲れたての魚や果物が並び、人々の味覚を楽しませる。新鮮な魚が食べられると、様々な国から観光客が押し寄せる人気のイベントだ。

ユウリの授業で聞いてから、ずっと行きたいと思っていたお祭りだった。




「私が責任を持ってお二人を守りますので」

「よ、よろしくお願いします」




にっこりと笑うユウリに頭を下げる。

聞いたところ、彼女はかなり腕っぷしが強いらしい。巨漢な男でさえ、軽々と投げ飛ばせてしまうそうだ。「コツを掴めば簡単ですよ」と彼女はさらりと言った。

博識で、美人で、腕も立つ。なんでも揃っているユウリには尊敬の目を向けることしかできない。ララが思わず「憧れます……」と呟けば、花開くように笑った。


豊漁祭は民たちのためのお祭りだ。

何人も警備をつけて目立つことは避けたかった。そのための人選である。



「まぁロイ様がいれば私は必要ない気がしますが」

「そんなことはない。自分も久々の祭りに浮かれてしまうだろうしな……君が護衛してくれて助かっている」

「ありがとうございます」



祭りに浮かれるロイを想像して、ララはくすりと笑う。

人生初めての祭りに、彼女の胸も期待で膨らんだ。





♦︎





「わぁっ……!」



すごい活気だった。

ララは瞳を輝かせ、感嘆の声をあげる。

素直な反応を示す彼女に、ロイとユウリは顔を合わせて微笑んだ。


トゥルムフート王国の城下町から馬車に乗って1日。港町、シェリーナに到着した。

同じ国内ということもあり、城下町と同じような雰囲気だった。レンガの建物と、その前には色とりどりの店が建ち並んでいる。ただ活気は城下町の数倍はあった。


天井から干された何匹もの魚、目に眩しいほどのフルーツ、たくさんの観光客を迎えるように満開に咲き誇る花たち。


見たこともない商品に、きょろきょろと見回していると、ぽんと頭に手を置かれた。



「商品は逃げないから、ゆっくり見て回ろう」

「はい……!」



はしゃぐ子供を落ち着かせるような口調に、少しだけ恥ずかしさを覚えながらも頷く。ロイは「ふ」と笑いながら、ララの手をそっと掴んだ。彼女はゆっくりと握り返すと、市場に向けて歩を進めた。


「お嬢さん! よかったら見ていってな!」「安いよ!」「新鮮だよ!」店主たちの呼びかけが交差する。声に惹かれたように店に寄っていく観光客たち。自国では見たこともない魚たちを、物珍しげに眺めている。

2人は人々の間を縫うように歩いていく。ララが人とぶつかりそうになっても、ロイがさりげなく肩を抱いて引き寄せたため、怪我をすることはなかった。


賑やかな祭りだが、人が多いためスリも多発する。質の良い装いと、洗練された立ち振る舞い、実はララはスリのターゲットになることが多かった。しかし悪意を持って近づく輩は、ユウリとロイが全て事前に撃退していた。

そんなことを露知らずに、ララは目を輝かせながら市場を見て回っている。



「これは貝でしょうか……?」

「そうだよ、まだ生きてるよ!」



店主が言った瞬間、黒い貝の隙間からニュッと白い触覚が飛び出てきた。

「白ワイン蒸しにすると美味いんだ」と言う店主に、「それは美味そうだ」とロイが頷く。

他にもララは興味深げに近づき、好奇心を宿した瞳で商品を見つめている。そんな彼女を見て、ロイは愛おしさで胸が温かくなるのを感じた。



「少し疲れただろう? 私のオススメの店があるから、そこで休んでいこう」

「はい!」



夢中で見て回っていたが、もう昼過ぎだった。お腹がきゅるると小さく鳴る。

ロイの案内に任せて、オススメのレストランへと向かっていった。


案内されたのは市場から外れた道にあるレストランだった。

店主はロイの顔を見ると顔をほころばせ、二階のテラスを案内してくれた。どうやら顔なじみらしい。

ユウリは遠慮したが、ロイとララの押しに負けて、一緒にランチをとることになった。


スタッフが注文を取りにくると、慣れた手つきでロイは注文した。



「……ワインも一杯だけいいかな?」

「えぇぜひ」



おずおずとこちらに尋ねるロイが可愛らしくて、ララは微笑み返す。

「魚にはワインと決めてるんだ」と彼は自慢気に言って、追加でワインも注文した。

すぐに前菜のサラダがやってきた。自家製のドレッシングを使っているとオススメされたサラダだった。

リーフレタスを口に運ぶと、シャキシャキとした瑞々しい食感のあと、玉ねぎの風味が鼻を抜けた。




「おいしい……!」

「えぇ本当に、新鮮ですね」



ユウリが同意するように頷く。キュウリもミニトマトもどれも美味しい。

サラダを食べ終わる頃に、チーズを包んだ一口サイズの衣揚げが運ばれてきた。サクッとした軽い衣の食感と、火傷しそうなくらい熱々のチーズ。冷ますように口を開閉しながら食べて、なんとか飲み込んだ。猫舌のララは齧りながら食べていたが、ロイは一口でぱくりと食べてしまった。熱くないんだろうか、目を丸くしながら彼を見る。


小腹を満たしとところで、一息いれる。ロイはワインの風味を楽しみ、ララとユウリは紅茶の香りに目を細めた。


他愛のない話に盛り上がっていると、メインディッシュが運ばれてきた。メインディッシュは、5人分はありそうなボリュームあるパエリアだった。

平底の浅くて丸い鍋に、黄色く染められたライスと、エビ、ムール貝、イカ、白身魚などの海の幸がふんだんに使われている。鍋の周りにはカットされたレモンが飾られていた。匂いだけでヨダレが出てしまいそうだった。


ユウリがそれぞれの分を取り分けて、ララは待ちきれない思いでスプーンを握る。外食は毒味が必要なことが多いが、ララとロイは毒味防止のアクセサリーをつけていたため問題はない。


立ち上る湯気と美味しそうな匂いに、ごくりと唾を飲み込んで、スプーンで掬った。




「美味しいです……!」

「あぁこの味だ……」




懐かしむようにロイは目を細める。

魚介の旨味がぎゅっと濃縮されたライスと新鮮な魚介類たち。レモンをかけるとまた風味が変わり、飽きずに食べ進めることができた。

前菜などもあったため、ララは一人分を食べてお腹いっぱいになってしまった。反対にロイはパクパクと食べ続けている。羨ましい気持ちを抱きながら、ララは紅茶を飲んだ。


すっかり空っぽになった鍋を見つめながら、膨れあがった腹を撫でる。


おかわりの飲み物を飲み、パエリアの余韻に浸る。テラスから見える空は晴天で、うろこ状の雲が並んでいた。秋晴れの空に気持ち良さを感じる中、ユウリは朗らかに言った。



「報告なのですが、」

「?」

「来週、王宮を辞職しようと思います」




まるで天気のことを話すような軽い口調に、何を言われたのか一瞬理解ができなかった。

ロイも知らなかったのだろう。目を白黒させて、「え?」と聞き返している。




「約10年間ですかね……王宮の指南役を勤めていたのですが、辞めることにしました」

「ど、どうして急に」

「夢を叶えようと思いまして」

「夢……?」

「えぇ、世界中を旅をするという夢を」



ユウリは清々しく笑った。悩みも未練も全て吹っ切れたような笑顔だった。




「フィン様には共有していますし、次の指南役も決まっています……短い間でしたが、本当にありがとうございました」

「ま、また会えますか?」



なぜ急に。一体どこへ。色々疑問が浮かんではいたが、真っ先に出たのはその質問だった。

ララの問いに、ユウリは見開く。そして歯を見せて笑った。



「えぇもちろん」



彼女の笑顔に胸をなで下ろす。

ロイは複雑そうな表情を浮かべていたが、何も言わず労いの言葉をかけた。

そのあとはユウリが行きたい国の話になり、ララは前のめりで話を聞いていた。彼らの雑談は、紅茶が冷めるまで続いた。





午後も市場を見て回った。

市場を抜けた先にあった海を見たときは、感動で胸がいっぱいになった。母の言う通り、水がどこまでも広がっている。この世にこんなものがあるのかと、驚きで満ちあふれた。

瞳をきらきらとさせるララに、「また来ようか」とロイが笑う。「はい!」と元気よく返事をし、砂浜をしばらく散歩した。



予想外だったのは、「トゥルムフート王国を救った聖女が祭りに来ているらしい」と噂が広まっていたことだ。

市場から外れた公園にいたというのに、たくさんの民に囲まれ、感謝されてしまった。「私の息子が感染症から治ったんだ」「料理も美味しくなった」「あんなに綺麗な水を見たことがない」と口々に褒められ、何度も何度も頭を下げられた。


こんな多くの人に感謝された経験がなく、ララは「私だけの力ではないので……」と遠慮すると、「慎み深いお方だ」と捉えられ感動の涙を流された。彼女の容姿や振る舞いを褒める民も多く、「こんな美しい方を見たことがない」「我が国の宝になる」など、褒めちぎられて頭が沸騰しそうになってしまった。


中には勢い余って、ララの手のひらを握る民もいた。

ララは驚きながらも振り払ったら悪いと思い、笑顔を固くしながらも対応していたが、隣でドス黒いオーラを遠慮なく放つロイがいた。「私の妻に軽々しく触るんじゃない」とララの肩を抱きながら、民たちに牽制する。いつも温和で優しいロイが、嫉妬心を丸出しにしていること。民たちは一瞬面食らったものの、民に愛される行き遅れ元王太子が婚約者を溺愛する場面を見て、さらに盛り上がる結果になった。



民たちから解放された頃には、すでに夕日が空を染めていた。



「少し早いが、夕飯にしよう」

「はい」



ララは半ば緊張させながら答えた。

今日の晩御飯の店はもう決まっていた。ララの浄化魔法により水質が上がったことにより、新しく食べられたものがあった。


ーー刺身である。



「これか……」

「見た目は美しいですね……」




店主によると今朝獲れたばかりのタイらしい。白い大皿に円を描くように並んでいる。

半透明のピンクの身にオリーブオイルがまんべんなくかけられていた。




「毒防止のアクセサリーはしっかりつけたな?」

「はい……!」

「そんな命がけで……」



若干呆れ声でユウリは呟く。

ベルブロン王国でもトゥルムフート王国でも魚を生で食べる習慣などなかった。土や生活用水が混じる川や、水質があまりよくない海に住む魚を生で食べるなど、毒を食べるに等しいとも言われている。しかし人間の食への追求は恐ろしい。海の水質がよくなった瞬間に、生で食べようとする人が現れた。噂は様々で「この上なく美味しい」と表現するものあれば、「三日三晩、死の淵で苦しんだ」とも恐ろしいものもある。


フォークを持つ手を震わせながら、タイを刺す。

そしてそのまま口へと運んだ。




「……!」

「おいしい……!」



今までに食べたことがない食感だった。

ぷりっとした身は、噛めば噛むほど甘みが出る。淡白な味に、オリーブオイルがよく絡んでいた。

一切れ食べると、先ほどまでの恐怖が霧散していることに気づいた。毒防止用のアクセサリーはつけているし、明日寝込む準備はできている……2人の食への好奇心は止まることがなかった。


焼き魚を美しく食べるユウリの目の前で、ララとロイは刺身をぱくぱくと食べ続けた。





♦︎




「それではまた明日……腹痛などがあればすぐにお知らせください」



冗談なのか本気なのか分からない口調に苦笑しながら、ララとロイは手を振った。

2人は部屋に入ると、白を基調にした部屋が目に飛び込んできた。さすが観光地にある貴族専用の宿だ。値段は高いが清掃は行き届いていて、広さも十分だった。壁に飾られた絵画がアクセントになっている。

ソファーの近くには、王宮の従者が届けてくれた明日の服などがまとめられている。今日買ったものや着たものは部屋に置いておけば、屋敷に送ってくれるらしい。至れり尽くせりだ。


ソファーに荷物を置いたロイは、突然、ララの体を抱きしめた。

急な抱擁に、彼女は慌てたように声をかける。



「あ、あの、ロイ様……!」

「いいかい……?」



尋ねるロイの目が据わっていて、ぞくりとしたものが背中に走る。同時に紛れもない興奮が胸に沸いた。

こくりと頷けば、彼の手に力がこもった。

そして彼女の感触を楽しんだあと、顎に手をかけ、上を向かせた。恥ずかしさで目を強く瞑るララに、愛おしさが湧いて出るのを感じながらキスを落とす。ちゅっちゅとリップ音を響かせながら、2人は何度も口づけをした。




ーー次の日、腹痛は来なかった。


しかしララは腰痛で動けなくなってしまい、ユウリからロイへとお叱りを受けたのは言うまでもない。





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★★★

① 新作小説公開中!


45歳 オジサマ騎士団長
×
34歳 美形の未亡人

年の差 & 体格差ラブです♡

悪役令嬢はやりなおせない〜オジさま騎士団長と改心した淑女〜


② コミカライズのお知らせ


2024/2/23にcomico様にて、
コミカライズが決定!

↓↓ 画像クリックでコミカライズのページへ↓↓
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どのキャラも魅力的ですが、
個人的にはロイがカッコよすぎて、
作者がドキドキするレベルです(笑)

コミカライズでも、
ララが幸せになるまでのストーリーを
お楽しみください!



お知らせの最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
ぜひ高評価★や感想なども
お待ちしております!
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