28.元家族との対面
パーティの終盤、4人がこちらに近づいてくるのを見えて、冷や汗をかくのを感じた。
ロイは「来たか……」と小さく呟き、隣にいるララにも分かるくらい警戒の態勢を取るのが分かった。
「あぁ! ララ、結婚おめでとう」
感嘆とともに祝福をしたのは父のレスターヴだった。
友好的な姿にぞわりと肌が粟立つ。魔法力がないことを理由に、叩き、暴論を吐いてきた男が、自分ににこやかな態度をとっている。恐怖のようなものを感じないはずがなかった。
しかし正直に言葉に出すわけにはいかない。スカートの端を持ち、「ありがとうございます」と堂々と謝辞を述べた。
「ララ、何か困っていることなどないかな?」
「困って、いることですか?」
「あぁ、もしあるのだったら、正直に話してほしい」
強いて言うなら、目の前にいる彼らの存在だ。何をしてくるか見当もつかず恐ろしい。
だがそれも言えず「特にありません」と断った。
「遠慮しなくていい……いつでもヴィルキャスト家に迎え入れる準備はできているのだから」
何を言われたのか分からなかった。
黙ってしまったララに対し、ヴィルキャスト家に戻りたいか悩んでいると判断したのだろう。
まくしたてるように説得してくる。「宝石もドレスも好きなものを買っていい」「あの広い屋敷で好きなように過ごしてほしい」
あのボロ小屋でずっと言って欲しかった言葉たち。だが実際に聞くと、こんなにまで薄く軽い言葉だったとは。
ララは反論しようと口を開いた。
「私は、帰りません。旦那様とこの国でずっと暮らしていきます」
ララの反論に、父親は目を見開いた。
当然だろう。自分は叩かれても詰られても何も抵抗してこなかった。それほどまで家族とは強大な存在だったし、自分はあまりにも弱かった。
だが今はそうじゃない。
自分には頼れる人たちがいて、そしてロイがいる。相手を見据えると、先ほどまでのにこやかな表情はどこかに行き、怒りを含ませた顔に変化していた。
「ロ、ロイ様はいかがです? ララはあまり教育など受けてこなかった娘です。元王太子という気高い位の方にはもったいないと感じますが……」
「そうですよぉ」
急な猫なで声に驚き目線を向けると、夢見心地な瞳をした義妹のメアリがいた。
多くのフリルがついた真っ赤なドレスに身を包み、体をくねらせる。
「ララよりも私の方がずっと可愛いです。ロイ様の相手として、私の方が釣り合ってると思うんですけどぉ」
上目遣いで甘えた口調で言う。
屋敷にほとんどいたせいか、こんな風にロイに向かって、異性への好意をぶつけた女性を見たことがなかった。そんな目で見ないでほしい、とチリリとした痛みがララの胸を焦がす。初めて抱く感情だった。
ロイはため息を大きくつくと、目の前にいた父親とメアリは分かりやすく体をびくりとさせた。
「あなた方が失礼な言葉を吐くので、私も言わせてもらう。
ララは絶対に渡さない。そして君よりもララの方が数百倍……いや比べることも失礼なくらい美しい」
氷より冷たい言葉だった。
殺気を含んだ言葉に、父親とメアリの顔が石のように固まる。
そしてララの肩を抱き、引き寄せた。
突然のことに頭が真っ白になる。ちらりと見上げると、グリーンの瞳もこちらを見ていた。しっかりと目があってしまい、さらに力強く頷かれたので胸が高鳴ってしまう。
そんな2人の姿を見て、メアリは歯ぎしりをした。先ほどまでの猫かぶりはどこかへ行き、憎しみに似た表情でこちらを睨みつけていた。
ただ1人、義弟のヤニックだけは違った。
へらりと笑みをずっと浮かべている。あの嵐の夜のことが思い出されて、ララは腕に鳥肌が立つのが分かった。
そして彼は一歩、ララに近づく。警戒するようにララの肩を抱くロイの手に力がこもった。
「結婚おめでとう、姉さん」
「あ、ありがとう……」
「それにしてもびっくりだよ」
芝居がかった大振りの仕草で、祝福を述べ、客側を向いた。
何をしたいのか全く分からず、ざわりと胸騒ぎのようなものが大きくなった。
そして叫ぶように彼は言った。
「まさかララが、水魔法ではなく聖魔法を操っていたなんて!」
時が止まった気がした。
あれほど騒がしかったはずの客たちのざわめきが、しんっと静まり返る。
「なぜ……」とロイが小さく呟く声が聞こえた。ララが聖魔法持ちということは、前婚式の最後にフィンから公表される予定だった。今はまだトゥルムフート王国にいるごく数人しか知らない情報だった……表向きは。
ララは青ざめた。ロイについてしまった一つの嘘が蘇る。
ーー自分が聖魔法持ちだと、ヤニックが知っていること。
ヤニックに襲われた日のことを思い出したくなくて、目を逸らすことしかできなくて、ロイに真実を伝えることができなかった。
ララの胸に痛みが突き刺さる。激しい痛みは後悔となり、足先から急速に体温が冷えていくのを感じた。
そこでララは違和感に気づく。
招待客が皆、ぼんやりとした瞳でこちらを見ていることに。
まるで焦点が合っていない。大量の生気のない瞳に背中が震え上がる。
ヤニックはくるりと振り向き、ニタニタと笑いながら説明した。
「トゥルムフート王国で感染症がおさまったのは、ララの聖魔法が要因なのです! この国は強大な力を独占しようとしています!」
舞台の上の狂人の言葉は続く。
証拠も何もない話なのに、招待客は黙ったまま、こちらを見つめたままだ。瞳には嫉妬のような薄暗い感情が籠っている。
「魅了か……?」
ロイの言葉に授業で習った知識が浮かぶ。
判断を曖昧にし、魅了をかけた術者の言うことを何でも従わせる傀儡の術。
だが前婚式の会場に入る前に、身体検査や魔力検査が行われていたはずだ。さらに来賓客たちはみな、他国で身分の高い人たちばかりである。当然、呪い防止の術を持っているはずだ。こんな風に会場全体の人が魅了にかかる方法など……
『呪いの術式は毎年のように更新されています』
『ベルブロン王国はこのあたりでは一番の魔法技術王国です』
『呪いを購入する貴族も多いんですよ』
ユウリの言葉が次々と浮かび、ララは「まさか……」と絶望の顔でヤニックを見つめた。
「あぁ気づいたかい? そう、2ヶ月前新しく販売された魅了の術式だよ。この小瓶に入った液体を、会場にポタリポタリと垂らすだけでいい。さらにトリガーとなる自分が魔力を発動するまで、この液体は何の魔力検査にも引っかからない。よくできたシロモノだよ。すっごい高かったけどさ」
ピンク色の小瓶を片手に、ベラベラと自慢げに喋り続けるヤニック。
メアリだけが「何のこと?!」と目を白黒させているが、父親と義母は勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
怒気に震わせてロイは叫ぶ。
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか……?!」
「バレたら大問題だろうね。でも大丈夫、ララは国に持ち帰って、アンタたちはここで死ぬんだから」
さも当然のように笑うヤニック。
「ララが俺より魔法力があるのは腹立つけどね。でもこのままじゃ補助金がなくなっちゃうし、ベルブロン王国で魔法を使ってもらう方がマシかな」
「お前ララを何だと……!」
ロイの殺気が膨れあがっても、ヤニックは怯みもしなかった。
ララは恐怖で硬直してしまう。他国の王族や貴族を危険に晒したこと、トゥルムフート王国の人々を殺すと平然に口に出したこと、一つも理解ができなかった。なぜここまで自分中心に考えられるのか。著しく偏った思考回路を持つ目の前の義弟が、どんな巨大な魔獣よりも怖かった。
「襲え!」
ヤニックが叫んだ瞬間、招待客がふらふらとこちらに近づいていきた。
生気がない顔と、酔っ払いのような足取り、100人以上が迫ってくる。
「構えろ! 決して傷つけるな!」
ロイは後ろにいた護衛に、盾を構えるよう指示をした。
素早くララを連れ、護衛の後ろへと避難する。そして周りを見渡して状況を把握する。
会場の奥ではフィンたちが同じように防衛している姿があった。魅了にかかっている様子はない。どうやら招待客たちが集まっていた中央エリアにいた人たちのみ呪いがかかっているようだ。
護衛たちに指示をするフィンとエルマルド。そばには恐怖で顔を凍りつかせるシャロンがいた。
(私のせいで……!)
魅了は人間の奥底に潜む感情を増幅させる呪いでもある。
おそらく招待客の人々にあるのは「聖魔法持ちがいるトゥルムフート王国が妬ましい」という感情だろう。ヤニックの言葉で、その感情を誕生させてしまった。
自分が聖魔法持ちである事実をヤニックが知っていること。そのことを共有できていたら。
ヴィルキャスト家が接触する前に、聖魔法持ちだと公表できていたら。フィンやロイが聖魔法の力を独占する意図はないとフォローしていたら。ここまで暴徒化することはなかったのではないか。
後悔がぐるぐると回る中、ロイの苦しそうな表情が目の前に飛び込んできた。
高笑いするヤニック、ゾンビのように襲ってくる人たち。ララは無意識に手を組み、強く強く祈った。





