26.世界から見捨てられた私
ララの義妹、メアリ視点です。
2ヶ月の馬車の旅は苦痛だった。
こんな長い時間乗ったことはなかった。座りすぎてお尻が痛い、馬車が揺れるたびに体の節々が悲鳴を上げる。
これがリゾート地へ行く馬車ならまだ良かった。だが今から向かうのは、あのララの結婚式だ。
なぜ見下していた奴の結婚式に、体を痛めてまで行かないといけないのか。文句の一つでも言ってやりたい。
さらに苦痛だったのは、体だけではない。家族の雰囲気も最悪で、精神的にも苦痛だった。
お父様もお母様も何かにつけてイライラしているし、ヤニックは知らん顔で馬車の外をずっと見つめている。
私だって痛いのを我慢したり、いつもと比べて少ない食事やふかふかじゃないベッドに我慢しているのに、みんな勝手だと憤りたくなる。
それでもララが戻ってきた後のことを考えて何とか耐えた。
アイツさえ戻ってくれば、全てが元通りになる。
聖魔法だが何だか知らないけど、とりあえず川をきれいにしてもらって、民には私が浄化していることにすればいい。手のひらを返したように、また私を敬うだろう。そうなったら私に罵声を吐いた奴らを見つけ出して、絶対に痛めつけてやると決めていた。平民が貴族に楯突こうなんて生意気すぎる。
馬車の旅の途中、私はお母様とよくララの悪口を言い合った。それが唯一心がスカッとした瞬間だった。
「聖魔法が使えるかもしれないけど、ねぇ? 貴族マナーも教養もないから奴隷のように使われているわよ」
「38歳で独身なんて、絶対にデブでチビなはず。きっと夜の慰み者になってるんだわ」
「そもそも見た目が汚いから、みんなから忌み嫌われるはずだわ」
「ふふ、どこまでも可哀想な女ね」
宿の部屋の中でお母様と2人、悪口に花咲かせる。
体の節々は痛かったが、アイツが惨めに暮らしていると思うと、少しだけ痛みが和らぐような気がした。
♦︎
「ここがトゥルムフート王国……」
「だいぶ活気があるな……」
お父様は苦々しげに呟く。
トゥルムフート王国にたどり着き2日。
今日は結婚式ではなく、前婚式というものが開かれるらしい。まぁどうせ前婚式で連れて帰るから、結婚式は挙げられないだろうけど。
国に到着して当日と次の日は、馬車の旅に疲れ果てて泥のように眠ってしまった。
そのため、こんな風に街へ来たのは初めてだった。
見渡すと小さな店がひしめき合っており、店員たちが笑顔で呼び込んでいる。
客も多く、物珍しそうに店に並んだフルーツや貴金属を眺めていた。
「今日はロイ様の前婚式だ!」
「お、ついにあの行き遅れが結婚したのかい?」
「あぁ、何と相手は水魔法の使い手らしい!」
「それは珍しい。見たことがあるのか?」
「いや、それが中々街におりてこないんだよ」
客と店員が大声で話している。
水魔法という部分に首をひねる。アイツが使えるのは「聖魔法」じゃなかった?そう思い、ヤニックを見るとニヤリと笑っている。話したり、面白いものを見ているわけではないのに、ただ楽しそうに笑ってる。薄気味悪いものを感じて目線を逸らした。
それにしても……お母様に近づいて小声で笑う。
「半年以上もいるのに、ララの姿を見たこともないのね」
「それはそうでしょう。あんな恥さらしを外に出せるわけがないわ」
スキップでもしたくなりながら、王宮へと向かっていく。
最近のベルブロン王国より活気があるのはムカついたけど、それも一時的だ。ララが戻ってくれば全て元通りになるのだから。
王宮にたどり着くと、身分を証明するものと招待状を見せた。
そして念入りに身体検査と魔力検査を行われた。ララごときの結婚式に……正直腹が立ったが他の貴族も同じような検査を受けているため、我慢して身を委ねる。
呪い防止用の指輪を付けていたため、魔力検査で引っかかった。さすがに外すと命の危険があるとは分かっているのか、取り上げられることはなかったが、魔力の分析と報告が必要だった。面倒ね……とため息交じりに、羊皮に使用目的や特徴を記載していく。
ようやく面倒な手続きを終わらせ、案内された会場へと向かっていく。
元王太子という王族の落ちこぼれと、あのララの結婚だ。招待客もいないだろうし、何なら私たちだけかもね、なんて笑いあっていたが、会場に入って目を見張った。
ベルブロン王国でも見たことがないくらいの人が、会場にひしめき合っていた。しかも装いからも身分の高い人達だと分かる。なぜアイツの結婚式に……?疑問でいっぱいになっていると、お父様はまっすぐ男の元へ向かっていった。
何も聞かされていない私が小走りでついていくと、何とそこにはベルブロン王国の国王がいた。
有事の際にしかお見かけしたことがない方に驚き、慌てて頭を下げる。するとお父様と一言二言交わして、そのまま移動してしまった。昔、「水魔法で民を支えるヴィルキャスト家に祝福を」と微笑んだ彼とは全く違っていて、胸が変に騒ぐ。
胸騒ぎを抑えるために、シャンパンを口に含んだ。
そこで新郎新婦の入場が案内された。私とお母様を顔を見合わせて笑う。
入り口の方に目を向けて、ハゲデブな新郎と惨めなララの姿を待つ。そして扉が開いて、私の気分は最高潮になるーーはずだった。
「え」
思わず間抜けな声が出てしまう。
想像していたハゲデブな新郎はどこにもいなかった。
背がすらりと高く、遠くからでも体が鍛えられているのが分かる。グレーのタキシードに身を包み、歩き方もスマートだ。精悍な顔立ちと、涼しげな目元。そして醸し出る頼れる男の雰囲気。
思わず胸が高鳴る。
自分がいずれ結婚したいと夢見ていた、年上でイケメンの男。理想形がそこにいた。
しかし、男が愛おしげに隣にいる女に目線を向けるのを見て、嫉妬の炎が燃え上がる。
女はネイビーとホワイトのグラデーションドレスを着ていた。ドレスの素材や、きらめくダイヤの輝きに明らかにお金がかかっているのが分かる。灰を被ったようなボロボロの髪も、骨が浮くくらい痩せこけていた体も、マナーも何も知らなくておどおどしていた姿も、私の知っている姉はどこにもいなかった。
お互いがそれぞれの髪の色に合わせたタキシードとドレスを着ており、2人が愛し合っていることを見せつけられているようだ。混乱と憤怒で心臓がドクドクと脈打つ。
見るとお父様もお母様も、あのヘラヘラ笑っていたヤニックでさえ驚きの表情を浮かべている。
「美しい……」
「あれが水魔法の聖女様か……」
「女神のようだ……」
周りから漏れ出る感嘆の声に歯ぎしりをする。
「水の女神様」と民に囲まれ、讃えられるのは私であるべきだ。あんな灰かぶりの姉じゃない。
新郎新婦は会場の奥の方に用意された席へと到着し、招待客に向かって深々と礼をした。
盛大な拍手が会場を包む中、私はずっと姉を睨みつけていた。





