25.決戦
「ララ様、とても素敵です」
王宮に到着し、出迎えてくれたのはユウリだった。
彼女は艶のある黒髪を、シニヨンヘアにしていた。後れ毛を出したり、崩したりすることもなく、きっちりと下の方でまとめている。ドレスはアメジストの瞳と同じ紫に、金色の刺繍が全体に施されていた。醸し出される雰囲気も相まって、上品さと重厚感を彼女に与えていた。
「ユウリ様も、美しいです」
「微笑み方も完璧ですね」
約半年、マナーを教えてくれた彼女に褒められ心が浮き立つ。
最初は微笑むことも、礼をすることも自信のなさが表れていた。自然に振る舞えるまで成長できたのはユウリのおかげだった。
「ただ一点だけ」
「?」
「ロイ様の唇が淡く色づいてしまっていますね」
ユウリの指摘に、ロイとララは目を見合わせる。
そして同時に顔を真っ赤にしてしまった。そんな彼らを見て、ユウリはくすくす笑う。
「そちらは後で直しましょう。では王宮にご案内します」
ユウリが歩き出す。ロイは「すまない……」と小声で謝りながら、ララの横に並ぶ。照れたように笑い返し、彼の腕に寄り添うように手を添えた。
馬車から王宮への入り口までは、長い一本の道を歩く必要があった。整備された木々が道の両端に並んでいる。
各所に騎士が立っていて、ララたちの姿を見ると敬礼のポーズをとった。
授業で屋敷の外を歩いた練習の成果だろうか。緊張しながらも、自分が自然と歩けていることに驚いた。高いヒールで歩くことに苦心したが、今は体の一部のように馴染み、堂々と歩くことができる。
王宮は豪華絢爛というわけではないが、厳かで歴史の長さを感じさせられた。
外壁は白で統一されていたが、屋根は赤レンガで造られている。城下町にある時計塔も赤レンガでできていたことをふと思い出した。
王宮の中へ入ると、フィンが出迎えてくれた。
ユウリが美しく礼をし、ララたちに向き合う。
「私の案内はここまでです。ではララ様、後ほどお会いしましょう」
「はい、ありがとうございました」
お礼を述べると、再びフィンの方に軽く会釈をし、別の場所へと向かっていった。
そんな彼女の姿をフィンが目で追い続けていたことを、ララはこっそり盗み見ていた。
彼はララたちの方を見て、からかうような口ぶりで言う。
「ついに決戦だね。準備はいいかい?」
「まるで戦に行く前のような口ぶりだな……」
「だってそうだろう? 行き遅れ元王太子と呼ばれた男はどんな奴なのか、婚約者は誰なんだ、トゥルムフート王国が急に回復したのは何故なのか……君たちを中心にたくさんの噂が渦巻いている」
そしてララを指し示し、不敵に笑う。
「君の元家族も来るしね」
泣き言ばかりは言ってられない、この半年で得た成果、頼もしいフィンやユウリたち、そして隣に立つロイがいれば大丈夫。そう思い、力強く頷けば、フィンは満足気に笑った。
「それじゃあ行こうか」
案内されたパーティ会場はゆうに100人以上は入る広さだった。
壁も絨毯もシックな色合いで統一されており、天井には豪華なシャンデリアがきらめていた。
事前に聞いていた通り、前婚式は立食パーティに近い形だ。座って食べる場所もいくつか用意があるが、招待客は基本立って食べることになる。
会場の端には大きな長テーブルが並んでいて、色とりどりの料理が運ばれているところだった。
「2人はこっちね」
フィンに案内されたのは、入り口から入って奥側中央に用意されたテーブルだった。招待客全体を見渡せる席だ。
ちょうど2人分くらいのテーブルの上に、華やかな花束が花瓶に生けられていた。バラとかすみ草と、トゥルムフート王国で有名なカーネーションでまとめられている。
他にも白い皿やカトラリー、ワイングラスなどが用意されていた。
「一応食事の準備はするけど、あまり食べられないと思っていて」
フィンの言葉に頷く。
来賓の相手をするため、食事はほとんど食べられないに等しい。それは事前にユウリからも聞いていたアドバイスだった。
そのため今日の朝ごはんはなるべく腹持ちの良いものを食べてきている。
「あとは来賓客の囲みの中に行かないように。なるべくこのテーブルあたりで行動してほしい」
先ほどの食事の忠告とは比べものにならないくらい真剣な声色だった。
今回の結婚式は様々な思惑がせめぎ合っている。
王太子であるフィンや元王太子であるロイに、少しでもお近づきになりたいという国も多いだろう。さらに精鋭の騎士が揃ったトゥルムフート王国が、感染症の危機から脱出して危惧する国も多い。
そして1番の警戒対象は、見捨てたはずのララの結婚式に参加するヴィルキャスト家だった。
そんな様々な思惑の中に突っ込んでいけば、警備できない可能性もある。
緊張の面持ちで頷くララとロイに、フィンは息をふっと吐いて笑う。
「色々注意することはあるけど、基本は楽しんでほしい。今日は2人の前婚式なんだから」
「……はい」
フィンの励ましでも顔が晴れないララに、彼は突然問いを投げた。
「そういえば前婚式がある理由を知ってる?」
急な問いに答えられずにいると、彼は面白そうに言った。
「実はね、祭り騒ぎにのって飲みたい人がいっぱいいたからだよ」
フィンの言葉に、2人は顔を見合わせる。
どこかで聞いたことがある理由に、同時に吹き出した。
きょとんとするフィンに、「旦那様も同じことを言っていて」と説明すると、「知ってたのか」と彼は口を尖らせた。だがすぐに拗ねた表情を崩すと、フィンも声をあげて笑い、しばらく3人で笑いあった。
♦︎
扉の向こうからざわめきが聞こえてくる。
ララとロイは今、パーティ会場の近くの控え室で待機していた。扉の外には騎士が待機しているが、部屋の中は2人きりである。
招待客が集まったところで、お披露目する予定だった。
人々の声が聞こえてくると、急に自分が主役だと実感が湧いてきて、膝の上に乗せた拳が震えた。
そこに重なる大きな手。顔を上げると、穏やかな表情で微笑むロイがいた。
「大丈夫、私がいる」
「旦那様……」
彼女を安心させるように、そっと手を撫でる。
「半年間、ララが頑張っていたのを私は知っている。自信を持っていい」
「ありがとう、ございます」
涙が溢れてしまいそうなのを必死で我慢する。パーティ前に、アイシャドウや白粉が落ちるのは避けたかった。
(もう半年、まだ半年……)
どちらの感覚も正しいような気がした。
ボロ小屋の中で死んだように生きる人生から一転し、優しい人たちに囲まれて生活するようになった。世話をしてくれた執事やメイドたち、ドレスを採寸してくれたイザベラ、マナーや教育を教えてくれたユウリ、王太子という立場でありながら何かと気遣ってくれたフィン、そして自分に限りない幸せを与えてくれたロイ。
この半年間でお世話になった方の顔を思い出し、胸が温かくなるのを感じる。
ーー手があかぎれだらけの少女は、もうどこにもいなかった。
ロイは手を伸ばし、ララの首筋あたりを撫でる。
「このサファイアもよく似合っている」
「こちらも旦那様がお選びになったと聞きました。ありがとうございます」
「私が一番はじめに惹かれた色だった」
宝石を選んだ時のことだろうか。
そう判断して相槌を打つと、グリーンの瞳がじっと覗き込んできた。
そして「まぁ、いいか」と何かに納得したように、秘密めいた笑みを浮かべた。ララは何か間違ったことを言ってしまっただろうかと首をひねるが、何も思いつかない。そんな彼女を見て、ロイはさらに笑みを深めた。
そこでノックの音が聞こえた。
どうやらお披露目の時間がやってきたらしい。
「行こうか、私の可愛い花嫁」
差し出された手を眺める。
ーーあなたがいれば、どんなことでも乗り越えていける。
言葉には出さなかった。その代わり、愛しい人にそっと手を添え、千万の言葉に代えた。





