24.美しい夜のような
前婚式の日が来た。
ついにロイの花嫁になれるのかという感慨深さ、パーティで粗相がないかという不安、そして半年ぶりに会うヴィルキャスト家への複雑な思い……様々な感情が入り混じり、ララは顔を強張らせながら鏡台の前に座っていた。
「ララ様、大丈夫ですか〜?」
「スマイルですよ!」
マニカとエリーが口々に励ましてくれる。
相変わらず優しいメイドたちに少しだけ緊張をほぐれるのを感じ、顔を緩ませた。
「それにしてもララ様の御髪、本当にきれいになりましたねぇ〜」
絹糸のような光沢ある灰色の髪を梳かしながら、マニカはうっとりと言う。
前婚式のヘアスタイルは以前から相談しており、ハーフアップになる予定だ。今はアップにする部分を編み込まれている。
下半分は巻くか巻かないかとメイドたちで揉めていたが、最終的には巻かない方向で決まっていた。「ストレートの方がララ様の清楚さが醸し出せます」とリーネが強く訴えたことが決め手だった。
マニカが髪の編み込みをしている間、エリーは化粧を施していた。こちらもヘアスタイル同様、激しい議論を重ねていた。アイシャドウはどうするか、頰の色づきは、リップの色は……などなど、半ばララを置き去りにする形で、メイドたちの争いは白熱していた。
『ララ様はどちらの色の方がいいと思います?!』
『こ、こちらですかね……?』
『ぬわー! そっちですか! いやでもそちらも素敵です!!』
頭を抱えて叫ぶマニカを思い出し、ララはくすりと笑う。
リーネは仕立て屋の店主であるイザベラと共に、ドレスを持ってきてくれている。
ドレスの色も形も、何の情報もないまま当日を迎えてしまった。似合わなかったらどうしようと一抹の不安はあったが、ロイが女性陣に囲まれながらも選んでくれたドレスと聞いて、嬉しさが優った。
最後にネックレスをつけて、エリーは満足げに言う。
「できましたよ」
瞳を開くと、そこには驚きの表情で見つめる自分がいた。
淡いブルーのアイシャドウは、ラメが含まれており、まばたきするたびにキラキラと光った。
うっすら乗せたピンクのチークと、同系色の艶めいたリップが、透明感を与えている。
ハーフアップにした部分は複雑な編み込みがされており、華やかな印象だが、そこから流れる髪の毛は滑らかで清楚な印象を与えており、バランスが見事だった。
そして首元に光るのは、ララの瞳の色と同じ、大きなサファイアだった。
これが本当に私なのかと信じられない思いで見つめていると、部屋にノックの音が届いた。
マニカが開くと、ドレスを抱えたリーネとイザベラが立っていた。
「次はお着替えの時間ですよ!」
ドレスを床に広げたあと、補正下着の上に着ていたガウンを脱がされ、ドレスの上に立つよう指示される。
指示に従うと、胸あたりまでドレスを引き上げられ、腰や胸の調整に入っていく。4人で作業していたため、あっという間に着替え終わってしまった。
大きな鏡に映る自分を見て、呆然としてしまう。
ロイが選んでくれたドレスは、ネイビーとホワイトのグラデーションドレスだった。
足元は白く、胸元に近づくにつれ紺色が濃くなっていく。胸下が絞られているデザインで、胸下から足元まではオーガンジーでできており、小さいダイヤが無数に縫い付けてあった。部屋の照明に照らされて、きらきらと輝く。
黄昏のようなグラデーションと、満天の星空。旅人が異国の地で見た美しい夜を、そのまま持ってきたようなドレスだ。
「ふふ、旦那様の髪の色ですね」
イザベラに微笑まれ、ぼっと顔から火が出た気がした。
「真っ白なところから、俺色に染めてやろうって感じですかね」
「マニカ、変態くさいですよ」
メイドたちの囁きも聞こえてきて、さらに顔が熱くなっていく。
イザベラのアドバイスでは、淡い色が似合うと言われていたこともあり、ここまではっきりとした色合いのドレスは着たことがなかった。しかし下部分は白く、オーガンジーでできているため決して重い印象は与えなかった。さらにダイヤのきらめきが、上品なララの容姿によく似合っていた。
「ロイ様が、何度も何度も相談していただいてお決めになったんですよ」
「旦那様が……」
最初の頃「ドレスはどれも同じに見える」と言っていた。
自身の服にも特にこだわりがなさそうなロイのことだ、女性の装いやアクセサリーに興味や知識はないに等しいだろう。それでもララに似合うドレスを、懸命に探してきてくれたのだ。その気持ちが、胸があわだつほど嬉しい。
「そろそろお時間なので行きましょう」
リーネの呼びかけに頷く。
色々不安はあるかもしれない。しかしこのドレスを纏っていれば、きっと何があっても大丈夫。そんな予感を抱きながら、ララは玄関へ向かって歩いて行った。
玄関へ向かうと、すでにロイがいた。
紺色の髪を撫で付け、深いグレーのタキシードを着ている。胸元には白いバラが一輪刺さっていた。
仕事の時は軍服のような装いが多く、普段はシンプルなシャツとズボンを着用していることが多かったため、タキシード姿を見るのは初めてだった。背の高いロイに格式高い装いはよく似合っていた。体を鍛えており、姿勢もいいため、シルエットの美しさに思わず見惚れてしまう。
「あぁ」
ロイは感嘆するようにこちらを見つめ、頰を紅潮させながら手を伸ばしてくる。
幼い頃、絵本で読んだ王子様のようだとララは近寄り、手を取った。そして流れるような所作で、軽く抱きしめるように、腕の中へと導かれる。
「すごく綺麗だ」
「旦那様も、とても素敵です」
お互い見つめ合う。
ロイのグリーンの瞳の中には、照れたように微笑む自分の姿があった。
執事やメイドたちはそんな2人の姿を見て、優しい微笑みを浮かべている。マニカだけは白いハンカチを目元に抑えながら泣いていた。
そのままエスコートされながら、門の近くで停めてある馬車へと向かった。
馬車へ乗り込んで、外で待機しているメイドたちにお礼をすると、「後で向かいますので!」と元気な答えが返ってきた。
前婚式と結婚式は王宮で執り行われる。その間は王宮で宿泊する予定だ。
「見知った顔がいた方が安心するだろうから」とフィンの心遣いで、屋敷に仕える者たちも王宮に泊まる手筈になっている。色々と準備や段取りが必要な新郎新婦だけ先に王宮へ行き、残りの者たちは違う馬車で向かう。
従者の声がけで馬車は動き出す。ここから約30分程度の旅路だ。
すると「一度だけキスをしてもいいかい?」とロイは尋ねてきた。
リップが落ちてしまわないだろうかと少し不安になったが、目の前の彼は我慢ができなさそうな表情を浮かべている。そんな表情をかわいいと思うのと同時に、律儀に聞いてくれるロイが愛おしい。ララはこくりと頷き、口づけを受け入れた。





