21.世界から愛されるはずの私
ララの義妹、メアリ視点です。
ララがいなくなって3ヶ月が経った。
私の世界は、なんだか様子がおかしい。
お父様は何かにずっと焦っている。
お母様は怒鳴ることが増えた。
家の雰囲気が最悪なせいで、メイドはずっとびくびくしてる。
弟のヤニックだけ、いつも上機嫌だ。ニマニマしていて気持ちが悪い。
学園のクラスメイトは休むことが増えた。
私をチヤホヤする人が減って、気分が乗らない。
休んでいる理由は、ただ一つ。どうやら流行り病が猛威を奮っているらしい。
流行り病は毎年のように流行はするが、軽い風邪のようなものだと思っていた。冬の3ヶ月くらい続くイベントのようなものだと。
流行り病の中心はいつも平民だった。
栄養価の高い食べ物を摂取できて、衛生的な暮らしができ、治療も受けられる貴族にまで流行り病が流行するなんて聞いたことがない。ましては3ヶ月経っても酷くなる一方だなんて。
学園に通うと流行り病にかかるリスクがあるから通いたくない、そう言ったら、お父様にこっぴどく怒られた。
「魔法力を鍛えないと」「お布施が少ない」
なんか色々と言ってたけど、初めて怒られたことにびっくりして何も理解できなかった。
そこからお父様とは口を聞いていない。怒られるのが面倒なので、渋々通ってあげている。
私の世界は、なんだか様子がおかしい。
ある日の休日、私は久しぶりに上機嫌で鏡台の前に座っていた。
「メアリ様、今日もお美しいですね」
メイドが口々に褒めてくれて、私の気分はさらに上向く。
今日は平民へのパフォーマンスの日だった。学園でもチヤホヤされない、家族はいつも不機嫌、私の気分を下げることばかりだった。
しかし平民たちは違う。私がいなければ生きていけないのだから、何としてでも私を褒めるだろう。
さらに今は流行り病が流行っている。縋りついてでも、私の魔法力に助けを求めるはずだ。
自分を囲み、敬う平民たちを想像して、うっとりと笑みを浮かべた。
♦︎
川に入って、周りを見渡すと私の気分は最高潮になった。
ララがいなくなってから減っていったギャラリー。しかし今日は大勢の人が私を囲んでいた。ララがいた頃より多いかもしれない。
私はうやうやしく礼をし、ダンスを披露した。
スカートを翻し、川の水がはねる。あぁ楽しみ、楽しみ! 「水の女神様」と熱狂的に叫ばれ、敬われ、盲信する平民たち。そんな彼らの上に座って、豪華な宝石やドレスで着飾る自分が笑っている。隣にはイケメンの婚約者。私の未来の姿を想像して、気分はどんどん高揚していった。
最後の仕上げに深々と礼をし、顔を上げた。ここで、恍惚とした表情を浮かべる平民たちに微笑めばーー
「……え」
思わず声が出てしまった。
目の前には、睨みつけるような、蔑むような視線があった。
周りを見渡すと老若男女、同じような視線を向けている。
私はあの表情を知っている。
「ヴィルキャスト家の穀潰しめ」「愛人の子じゃないのか」
罵詈雑言と共に、ララに対して向けられていた視線だった。それに震える彼女を見るのはどれほど愉快だったか。
だが、ここに彼女はいない。
私は血の気がひき、ある事実に辿り着く。
(向けられているのは、私……?)
すると目の前にいた男が一歩出て、怒りを帯びた声で言った。
「女神様よォ……あんた本当に川を浄化してんのか?」
「なっ……無礼者!」
「だいたい魔法使うのに踊る必要あんのかよ!」
怒りの声がどんどん伝播していく。
なぜ私が怒声を浴びなくてはいけないの? こんな衆人の前で辱めを受けなくてはいけないの?
怒りで我を忘れそうだった。「お布施返せ」「偽善者め」と雑言が耳に届いて、カッと頭に血が上っていく。
私にそんな言葉を吐くなんて、許さない、許さない、許さない!
右手に魔法力を集中させて、火魔法を発動する。ざわつく民たちを睨みつける。
その時、お付きの騎士が慌てたようにやってきた。
「メアリ様、このままだとご自身に被害が及ぶかもしれません……一度帰りましょう」
「嫌よ! こいつらを火炙りにしなくては!」
「ひ、火炙り……?!」
私の単語を拾った母親が、怯えたように子供を抱きしめる。
母親の横にいた小さな子供を見ると、魔獣を見るような恐怖の目をして、母親にしがみついていた。
ーーあんな目を向けられるなんて
呆然としてしまい、魔法力も消えてしまった。川の中心で立ちすくむ私。そして止まない抗議の声。
放心状態の私を引きずるように、騎士は私を馬車まで連れていった。
♦︎
屋敷に戻ると、家族全員が食堂に集まっていた。
川でのパフォーマンスで起こった顛末、無礼な平民たちの話を事細かに報告する。
できれば私に罵詈雑言を浴びせた平民たちは処刑してもらいたかった。私を愛するお父様ならきっとやってくれるだろう。
しかし彼から放たれたのは予想外の言葉だった。
「今の感染症は、川の汚れから流行していると噂されている」
「なっ……! 私の浄化が不完全だと言いたいのですか?!」
「そうだよ」
口を挟んだのはヤニックだった。
私の魔法力の弱さを肯定するような発言に頭に血がのぼる。しかし彼は、今の雰囲気にまるで合わない楽しそうな笑みを浮かべていた。背中が冷たくなるのを感じて、何も言えなくなってしまう。
「姉さんの水魔法では、あの川を浄化するには弱すぎるんだよ」
「私より魔法力がないアンタが何言ってるのよ! だいたい今まで浄化できていたのは誰のおかげだと……!」
「ララだよ」
迷いなく放たれた名前に、唖然とする。
なぜあの女の名前がここで出てくるのか。あいつに魔法力がないのは周知の事実のはずだ。ヤニックの冗談に笑おうとしたが、お父様が真剣な顔つきで尋ねた。
「何か知ってるのか、ヤニック」
「ララは、聖魔法持ちだ」
「?!」
椅子を飛ばすように立ち上がり、お父様はヤニックの元へ向かった。そして胸ぐらを掴んで叫んだ。
「いつから知っていた?!」
「3年くらい前かな」
「なぜ黙っていた?! なぜアイツを嫁がせた?!」
疑問を次々と並べて怒鳴り散らす。
実の父親が、至近距離で怒鳴っているというのに、ヤニックの笑みは崩れないままだ。
「今まで姉と比べられ、馬鹿にされてきた。さらにララが聖魔法持ちだと知ったら、お前らは俺に何をする? せっかく貴族として生まれたのに、平民同然の生活を強いられたらたまったもんじゃない」
「そんな理由で……!」
ギリィ……!と歯が鳴るほど、お父様は食いしばった。
「聖魔法」という単語を知らない私と母様は、戸惑うような表情を浮かべるだけだ。
お父様は執事を呼びつけて、何かを命令した。
そそくさと出ていった執事を見て、ようやくお父様はヤニックから手を離した。
ふらふらと病人のような足取りで自分の席に戻ると、重い重い沈黙が部屋におりた。
「……聖魔法ってなんですの?」
沈黙を破るように疑問をぶつけると、お父様は私を見た。生気を失った瞳に胸が騒ぐ。
そして、ぽつりと説明しはじめた。
「強力な魔法だ。浄化効果に関しては水魔法を大きく凌駕する」
「そ、そんな魔法、聞いたことがありませんわ!」
「ほとんど確認されない魔法だったんだ……まさかララが……」
信じられないと言いたげに、お父様は呟く。
膝に置いた私の拳は、わなわなと震えはじめた。魔法力がないと蔑んだララが、強力な魔法を……?
何年も信じて嘲笑ってきた事実が崩れていくのを感じた。
さらに「川を浄化していたのはララ」だとヤニックははっきりと言い切った。
ララがいなくなったあとも、私は何度か川に浄化魔法をかけていた。
それでも3ヶ月という短い間で、あっという間に感染症は広がっている。
私の魔法力は、ララよりずっと弱いってこと……?!
事実なんて認めなくなかった。何度も馬鹿にし、見下してきたアイツが、私よりずっと強力な魔法力を持っていたなんて。
そこで先ほど命じられた執事が手紙を持って、慌てて食堂へ入ってきた。
お父様は奪い取るように取り、手紙を見つめながら目線をせわしなく動かす。そしてニヤリと笑った。
「出かけるぞ」
急な提案に、呆然としてしまう。「一体どこへ……?」とお母様は尋ねる。
「トゥルムフート王国だ。ここから2ヶ月はかかる」
「トゥルムフート王国って……ララの嫁いでいった先じゃない」
「そうだ。2ヶ月後、ララと元王太子であるロイ様の結婚式が執り行われる。おそらく形だけのな」
「形だけ」という単語を聞いて、お母様は何かを察したのか笑みを深めた。
「えぇ、そうね。醜くて、みすぼらしくて、頭の悪いララは手酷い扱いを受けているはずだわ」
「そうだ。そこに私たちが優しくしてやれば……戻ってきたいと願うはずだ」
「嫌です! アイツとまた暮らすなんて!」
私は思わず抗議する。
お母様は怒りに任せて、私を睨みつけた。そんな攻撃的な目線をお母様から受けたことがなく、涙が出てしまいそうだった。
「黙りなさい。川の浄化ができないと、お布施が集まらないのよ。来月から国からの補助金も減らすと言われているし……欲しいものが買えなくなったら困るのはアナタも一緒でしょう」
「それは、そうですけど」
「ララが戻ってきたら、またあのボロ小屋に住んでもらえばいいわ。あの子の魔法力があればいいんだから」
お母様の言葉にほっと胸を撫でおろす。
「魔法力がない者は、ヴィルキャスト家ではない」と小さい頃から教えられた私。
だからララは見下してもいい存在だった。
しかし実際は私の魔法力が弱くて、ララの魔法力は強かった。ララが戻ってきてしまえば、自分があのボロ小屋で住まわされ、ご飯も食べられず、お風呂も入れない生活になってしまうのではないか。そんな不安があったが杞憂だったようだ。
お母様は私を見つめる。
先ほどとは違う慈愛に満ちた表情で。
「安心しなさい、私が一番愛してるのはアナタよ」
「お母様……!」
感動で目が潤んでしまった。そう、そうよ。ララにはお母様の血が一滴も流れていない。
そんな奴がお母様から寵愛を受けられるはずがないんだわ。
私はその時気づいていなかった。
お父様が同調せず、私たちから目線を外していたことに。





