20.トゥルムフート家の会議④
「ララ様の印象はいかがですか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
(((何かあったな)))
執事やメイドたちが同じことを考えているのが、手に取るように分かった。
しかし何も言うことができず、無言を貫き通すことしかできなかった。
自分の欲望に任せてララにキスをした。自分の荒々しいキスを受け入れるララは、本当に愛おしかった。
一生懸命に息を吸おうとする姿や、それでも苦しくなって目を潤ませる姿、時折漏れる小さな喘ぎ声……どれを思い出しても、体の中心に熱が溜まっていくのを感じる。
「まぁ、朝食のお二人を見るからに、ね……?」
「絶対に何かありましたよね!」
「ほっほっほ」
家に仕える者たちは、主人を前にして囁き合う。叱ることもできず、自分はやはり無言を貫いた。
キスの次の日、朝食で顔合わせた自分たちは、傍目から見てかなり怪しかっただろう。
ララは自分の顔を見て真っ赤にさせた。さらに緊張していたのかフォークとフォークを持って食事をしようとしており、思わず吹き出してしまった。最近は食事マナーを美しくこなす彼女ばかり見ていたので、かなり可愛かった。
食事中はほぼ無言だったが、甘い雰囲気を漂わせていたのは、第三者から見ても明らかだっただろう。
「糖分過多です……」とぼそっと呟くマニカを見逃すほど、自分は上機嫌で朝食をとった。
セバスのわざとらしい咳払いに我に返る。
「ほっほ、その様子だとララ嬢に思いを告げられたそうですな」
「え?」
「え?」
聞き返したところ、反対に聞き返された。
思いを告げる……該当する単語を記憶から探すが、見当るものがない。「大切にしたい」は当てはまるのか?いやしかし……と自問自答を繰り返し、一気に冷や汗をかく自分に、冷たい目線が突き刺さった。
「まさか言ってないんですか……?!」
「なのに手を出したと……?!」
「待て待て待て待て」
メイドたちの言及に、慌ててたしなめる。
「言葉に出さずとも伝わっている、はずだ……」
「私の友人が同じことを言って離婚していましたねぇ」
朗らかに言うセバス。
目は細めているが、目の奥が笑っていなかった。
自分の胸には後悔の念が生まれていた。あの夜、いくらでも思いを告げることはできたはずなのに、一言も伝えることがなかった。婚約者だから、伝わっているはずだから、と受け手に任せたコミュニケーションしかできていなかった。
恥ずかしさと情けなさで居たたまれなくなった。
セバスは軽くため息をついて、一枚の紙を渡してきた。
「38年間ほとんど恋愛をしてなかったとはいえ、20くらい違う少女にリードをとらなくてどうするのですか」
「全くだ……」
正論すぎて何も言えなくなってしまった。
ララがもし普通の令嬢だったら、おそらく引く手数多だったはずだ。美貌や知性を兼ね備えており、素直で謙虚な性格は、どの男から見ても好ましく写るだろう。
ただ育った環境が劣悪だっただけだ。
本来であれば「行き遅れ」と呼ばれ、「元王太子」である自分に嫁ぐ必要なんてなかったはずだ。
ーーこの先、彼女が離縁したいと言ったら?
一つの可能性を考えると、呼吸ができなくなるほど胸が詰まった。自分は彼女を手放すことができるのだろうか。
暗い思考に沈みながら、セバスから渡された紙をざっと見る。内容を見て、目を見開いた。
「これは……」
「えぇ……」
重々しく頷くセバス。メイドたちにはまだ言っていないのだろう、突然変わった雰囲気に首を傾げている。
「結婚式、ララ様に危険が及ぶ可能性がございます」
「えっ……」
声をあげたのはマニカだった。声はあげなかったが、リーネの顔も強張っている。
紙を手渡すと、書かれた内容を叫ぶように読み上げた。
「ベルブロン王国で感染症が……?!」
一体なぜと呟く者は1人もいなかった。
3年ほど流行した感染症を抑え込んだトゥルムフート王国
感染症がおさまると同時期に、感染症が流行したベルブロン王国
中心にいるのはーー
庭の川で祈るララの姿を思い出す。
無意識に拳を握りしめていた。
下卑た笑みを浮かべたララの父親を思い出す。魔法力が使えないというだけで、実の子供をボロ小屋に住まわせるような奴らだ。ララが浄化魔法を操れると知ったら……何をしてくるか皆目見当がつかない。
何としてでも彼女を守らなくては。
結婚式での警備体制を見直すため、セバスにいくつか指示をする。彼は頷き、部屋から出て行った。
次にメイドの2人にも指示を出し、最後は自身がやるべきことを洗い出した。
夜がしんしんと更ける中、ペンを走らせる音だけが響いていた。
ネコ→親戚の子供→美しい人→愛おしい人
最初と比べると、ロイからララへの印象が大きく変わりました(笑)
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