14.トゥルムフート会議③
「ララ様の印象はいかがですか?」
「その質問、恒例になってきたな……」
頭を押さえるロイ。頭痛がする原因はセバスの質問だけではない。
会議に参加しているフィンも原因の一つだった。ため息を隠さずに尋ねる。
「なぜお前がいる?」
「まだララ嬢には用があるからね。今日は泊まらせてもらうよ」
「仕事がわんさかあるだろうに……」
「仕事が滞ると思う? この私が?」
真顔で尋ねられ、頭痛がひどくなった気がした。
この半分しか血が繋がっていない弟は、良い性格をしており、さらに頭がひどくキれる。
乾いた砂が水を吸い込むようにあらゆる知識を吸収し、1から10を組み立てる頭脳も併せ持つ。
一国の王太子として、仕事は山積みのはずだ。
しかしフィンなら2,3日くらいの遅れならすぐに取り戻すだろうと、悔しいが確信があった。
「それで? ララ嬢の印象はどうなの?」
セバスの質問を繰り返す。
魔法力がなくても(実際はあったのだが)、罰はないと分かってから、ララは明るくなった。
まだ3日くらいしか経っていないが、違いは明らかだった。それほど彼女の重圧になっていたのだろう。
瞳に暗い影が落ちることはなくなり、食欲も出てきた。何よりよく笑うようになった。
元々は素直な性格だと思っていた。素の自分が出てきているのだと感じて、こちらも嬉しくなる。
明るくなったと同時に、美しさも磨きがかかってきた。
ドレスを着たララを見たときは、驚きすぎて固まってしまった。
艶めいたグレーの髪。
なだらかな肩と、均整のとれた手足。
あかぎれがなくなった、ほっそりとした指。
血色が良くなった頰や唇、瞳をふちどる長いまつ毛。
そして煌めくブルーの瞳。
「……美しくなったな」
ボソリと呟くと、沈黙が降りた。
トゥルムフート家の執事やメイドたち、フィンがそれぞれ目を合わせている。
そしてヒソヒソと囁き合う。
「なんか思っていたのと違うんだけど」
「私も驚いています」
「前は『ネコ』とか『親戚の子供』とか言ってたんですよ」
「……おい」
噂をするなら、本人がいないところでやってくれ。そう思いながら睨むと、にこやかな笑みで受け止められた。何だか腹が立つ。
「しかも看病へ行ったとき、いい感じの雰囲気でしたしね〜」
「マニカ、お前は本当に給料を減らされたいんだな」
睨みつけると、ヒイッと頭を抱えるマニカ。
フィンは興味深そうに尋ねてくる。おい、好奇心が抑えられてないぞ。
「へぇ何したの?」
「……」
無言で目線を逸らす。
取り乱したララの姿。異常なくらい怖がり、怯える彼女の姿。
なんとかして落ち着かせなければ。そう思ったら、いつの間にか抱きしめていた。
あの時は、必死だった。
だが今になって、抱擁した時の感触を思い出す。
今にも壊れそうな体。肉つきが少しは良くなったとしても、10年以上満足に食事がとれなかった彼女の体は、細すぎた。
そして髪の毛の感触と、触れあう首の熱。かすかに感じた頰のやわらかさを思い出すと、体の中心に熱が走るのが分かった。
心が乱れたのは、抱きしめた時だけではない。
「頭を撫でて欲しい」とおずおずと頼む表情や、心配そうに見つめてくる上目遣いの瞳。
前までは何とも思わなかった彼女の言動が、今は胸を苦しくさせる。
黙ってしまったロイを見て、フィンは平然と言った。
「シちゃったの?」
「してない!」
大声で否定する。
弟に性的なことを指摘されるのは、何だか複雑な気分だった。
するとフィンの目が冷たく光った。
感情を抜きにして、何が一番利益を得られるのか判断を下すときの目だ。
「早く子供を残しといた方がいい」
「なっ……」
「兄様は38歳だ。年齢が上がれば上がるほど、生殖能力は下がる。聖魔法を受け継ぐ子供を残さなければ」
淡々と説明するフィン。
お前は後ろにいる執事やメイドたちがドン引きしていることに気づけ。
ただ王太子として合理的な判断をしていることも分かっていた。
水の汚染による感染症は、ララのおかげで回復に向かうだろう。だがララがいなくなったら? その時にまだ浄化する術がなかったら?
トゥルムフート国は再び感染症に罹る患者で、あふれてしまうだろう。
だが……抱きしめた細い体を思い出す。
「まだ、負担はかけたくない」
「ふーん、まだ、なんだ」
先ほどの雰囲気とは打って変わって、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるフィン。
頭が沸騰しそうなほど赤くなる。目の前にいる全員が、同じ表情でニヤリと笑っている。
怒りや混乱で、わなわなと体が震えてきた。
しかしここで叱れば、また相手の思うツボだと分かっていた。
「……今日は解散だ。セバス」
「はい」
「ウイスキーを一杯だけ用意してくれ」
「かしこまりました」
セバスが持ってきたウイスキーを寝付け薬にして、今日は寝てしまおう。
そう決意して、ロイは瞳を閉じた。
ネコ→親戚の子供→美しい人
だいぶレベルアップ(?)しました。
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