10.世界から愛されている私
ララの義妹のメアリ視点です。
ララがいなくなって2週間が経った。
私の世界は、相変わらず絶好調だ。
お父様は何でも買ってくれる。
お母様は何でも褒めてくれる。
メイドは言うことを何でも聞いてくれるし、
民は「水の女神様」と口々に敬ってくれる。
弟のヤニックは……
時々こっちを睨みつけてくるけど、私はあれが「嫉妬」ということを知っている。
ヤニックも魔法力はあるけれど、私と比べたら天と地の差だ。
お父様も、お母様も、私の方を愛してくれる。
だから睨まれたところで、痛くも痒くもなかった。むしろ嫉妬を露わにしている様子は、私に優越感を与えてくれた。
唯一嫌なのは学園生活かしら。
正直ツマラナイ。だって勉強や実技なんて面倒だもの。
「魔法力は剣と同じ。使わなければ鈍る」
そんな風に言うけど、それは平凡な生徒の場合。
私は、なーんにも勉強も練習もしてないけど、水魔法が使えてる。
誰にもできない、私にしかできない。
私が天才だからできること。
だからサボったって、先生が何か言うことはできない。
ホントは学園なんて行かなくてもいいんだけど。
友達みんな私のことが大好きだから、行ってあげている。
私も周りからチヤホヤされるのが気持ちいから行っているだけ。
あぁ、私って本当に愛されすぎて困る!
このまま皆から愛されながら、結婚するのが私の夢だった。
幼い頃から思い浮かべていた理想の男性を妄想する。
できれば年上がいいわ。
やっぱり男は包容力が大切だしね。
「いるだけで良い」と私を溺愛してくれる人がいい。
見た目も大事。イケメンじゃなきゃ絶対嫌。
体も鍛えていて欲しいし、身長も高い方がいい。
あとはお金をたくさん持っていて、「働かなくても良いよ」なんて言ってほしい。
まぁ水魔法が使える私に「働け」なんていう人、いないと思うケド。
ドレスや宝石をたくさん買ってくれて、私が欲しいと言ったものは何としてでも手に入れて欲しい。
そんな旦那様に愛されて、子供を産んで、末永く幸せに過ごす。
これが私の夢だ。夢とは言っても、私だったら余裕で叶うに決まってる。
なのに、行き遅れ元王太子に嫁げだなんて……!
お父様から聞いた時は、怒りで我を忘れてしまった。
そんな男にかわいい娘を嫁がせようとするなんて、信じられなかった。
泣いて、喚いて、お父様もお母様もおろおろする中、ヤニックが言ったのよね。
「ララを嫁がせたら?」と。
急に意見を出してきたのはびっくりしたけど、中々良い案だと思った。
あいつに元王太子の妻を味わせるのは、ちょっと癪だったけど。
でも「38歳で独身、弟に王太子の座を取られた男」の妻だなんて、絶対に幸せになれっこないと確信があった。
だって王太子なんて、縁談がわんさか来るはずだ。
それでも38歳で独身だなんて、よほど見目が悪いんだろう。
ハゲでチビで、でっぷりとしたおっさんとか?
しかも「元」っていうのも頂けない。
弟に座を取られるなんて、頭も悪いのだろう。
ワガママ言い放題で、性格が悪いとか? 怒鳴るタイプかもしれない。
金は持っているかもしんないけどね。
どうせケチで、裕福な暮らしは臨めないだろう。
そんな男に嫁いでいったララを思い出すと、にやける顔が止まらない。
「魔法力がない女を寄越した」なんて、相手からしたら憤慨ものだ。
だけど私の家に戦争を起こせないとなれば、矛先はララに向かうだろう。
人質となって、一生奴隷生活とか?
あとは世継ぎのために、愛玩動物扱いとか?
家を出て行っても、結局不幸な生活は変わらない。
そんなララが哀れで、笑いが止まらなかった。
部屋のカーテンを開ける。
眩しいくらいの光が、私を照らした。
あぁ、今日も私は世界から愛されている!
メイドが私の髪を巻いていく。今日は民へのパフォーマンスの日だ。
街に流れる川の中心で、私が水魔法で浄化する。
民の生活を支えていると言っても過言ではない。私にしかできない魔法。
「本日もメアリ様は美しいですね」
「当たり前でしょう?」
「そうですね、ふふ」
茶髪のメイドが、口々に褒めてくれる。
気分が良くなって、目の前の鏡を見た。
赤髪はきれいに巻かれ、化粧は濃いめに施されている。
今日は大きなフリルがついた、真っ赤なドレスにした。
似たような安物をララが着てたけど、全然似合ってなかった。だけど私はこんなにも着こなせている。
うん、今日も私は美しい!
馬車で街まで運ばれ降り立つと、民から歓声があがった。
「美しい」「女神様」「素晴らしい」数々の賞賛の声が聞こえる。気分がいいわ。
靴を脱いで、スカートの裾を持ち上げながら、川に入っていく。
私を囲むようにギャラリーができるが、そこで違和感に気づく。
(人が少ない?)
先月のパフォーマンスと比べると、明らかに人が減っている。
私は内心、歯ぎしりをした。私を褒める者は多ければ多いほど良かった。
しかし思い直す。
(ララがいなくなって、馬鹿にしていた勢がいなくなったのかも)
そう結論づけて、体内に魔力を込める。
体がふわりと浮くような感覚がして、私の髪の毛が空を踊った。
民から「おお……」とどよめきが起きて、私は愉快な気持ちになる。
体を翻すと、川に雨が降った。雨とは言っても、一瞬で、小雨くらいの強さだ。
私はステップを踏む。
本当は踊る必要はないけれど、パフォーマンス用に練習したのだ。
「水の女神が踊っている」と噂になれば、民からのお布施が爆発的に増えるのだ。やらない手はなかった。
私のダンスに、熱い目線が集まっているのが分かる。
私が翻すたびに、水が舞い、民からの歓声があがる。
一通りダンスを披露し、深々と礼をすると、大きな拍手が湧き上がった。
顔をあげて、民の方へ目を向ける。
にこりと笑うと、目の前にいた男たちは顔を赤らめた。
私はほくそ笑む。
もっと私に心酔しなさい。
私を女神だと敬いなさい。
そしてお布施を納めなさい。
今日もパフォーマンスは大成功で終わった。
馬車に向かうと、学園のクラスメイトが待機しており、扉を開けてくれた。
連れてきた彼は、風魔法が使えるため、濡れたドレスを乾かすために同行をお願いしたのだ。
丁寧にドレスを乾かしている彼を見ながら、街で思った疑問を尋ねる。
「今日、人が少なかったわね。何かイベントとかあったっけ?」
「イベントは特になかったよ。あ、確か」
「?」
「街で病が流行ってるみたいよ。それでじゃないかな」
「へぇ、流行り病の季節じゃないんだけどね」
衛生面がきれいとは言えない平民たちの暮らし。
それゆえ、時々病が流行ることがある。いつもは冬の乾燥した時期に多いのだが、今は春だ。
小さな疑問が浮かんだが、すぐに消えてしまう。
どうせ私にはなんも関係がないことだった。