第一話 受諾の日①
新作です。
――3459年 2月35日 海之曜。
今日も、特に大事がある訳でも無く、平和で包まれるごく普通の日。
、、、そんな生活ができる人間でありたかった。
僕の名前はトーヤ・ナナセ。
現在14歳である。
三年前からこの【00】に所属する、戦闘員だ。
【00】は、超常能力――【魂魄技能】保有者達が所属する特殊部隊である。
だけど、僕は、そんな能力を持ち合わせてはいなかった。
だから、本当はこんな所にいて良い人間ではない。
なら、何故此処にいるか?
理由は至って単純なもので、僕の父が関係していた。
僕の父は、この国でも有数の【魂魄技能】保有者だった。
数年前の超級【妖魔】討伐の際に敵の最後の一撃を食らって死んでしまったが、本当に優秀な【魂魄技能】保有者だった。
そして、この特殊部隊、【00】がそんな父の息子である僕に目を付けたのだ。
そして、僕は【00】に入団した。
もともと結構戦闘向けの訓練を行っていたこともあり、戦闘要員として部隊に配属されたが、【魂魄技能】が目覚めていない僕はとても浮いていた。
確かに、周りの人たちは僕に対して、とても暖かく接してくれるが、陰口を言っている人や、堂々と僕に嫌味を言ってくる人もいる。
僕はそれを仕様が無いと割り切っている。
ただ、今回の任務は僕には荷が重いと、小隊長に言われた。
その詳細はこれからだが、実際、今までこのような事を言われたことはないので本当に危険な任務なのだろうとは思っている。
――「では、今回の任務の内容について説明をする。」
「「はい!」」
時間丁度に【00】本部の大広間にて、本部のトップであるティーア・H・ホルド本部長が口を開き、任務の説明が始まった。
「今回の任務は、この【迷宮都市】内への【妖魔】の侵入を絶対的に阻止することだ。」
【迷宮都市】それは、この世界の全人口のおよそ九割が暮らしていると言われる、広大な地下世界の事である。
そして、【妖魔】とは、この世界が生まれた際に誕生したとされる、異形の事である。
【妖魔】は、低級から災厄級までの危険度等級設定がなされている。
普段は低級から中級までの弱い【妖魔】が数匹出てくる位だが、上級クラスの【妖魔】が出てくる時はその予兆として、低級から中級の【妖魔】が大量発生する。
その数、観測されている最低数は、約5000体。
最大で、約10000体と言われている。
そして、上級クラスの【妖魔】は中級から一脱した力を持つとされている。
その上級クラスが出てくる際に出てくる【妖魔】は、本来の約100倍までその力が引き延ばされているのだとか。
そして、その大量発生の事を――
「――【妖魔大進行】だ、、、!」
そう、【妖魔大進行】という。
「嘘だろ、、、」
確かに、これは僕には荷が重い。
【妖魔大進行】は先ほど説明した通り、普段よりも100倍強い【妖魔】達が一斉に押し寄せてくる上に、最終的に上級クラスの【妖魔】が攻めてくるのだ。
僕には荷が重い程度の物じゃない。
多分、下手すれば命を落とす事だろう。
だが、そんなことにビビッているようでは【00】にはいられない。
「この任務は、まだ入隊して間もない君たちには少し荷が重いかもしれない、それに――」
本部長が僕を見て口を止める。
周囲は特に気に留めていないようだが、僕にはハッキリとわかった。
「――とにかく、あとの詳しい任務内容は小隊長に任せる。君たちは持ち場に急ぎたまえ!」
「「はっ!!」」
♦
僕はそのすぐ後、僕の所属する小隊の持ち場である西の門の前に移動していた。
小隊長はまだ来ていないようなので、いつも通り整列して、小隊長を待つ。
そうして立っていること5分後、少し焦った様子で小隊長がやってくる。
どうしたのか、少し嫌な予感がする。
「――諸君! 落ち着いて聞いてほしい、、、!」
息を整えて小隊長がそう声を張る。
その只ならぬ様子に周囲の隊員は声を出している者はいないが、少しざザワいているように思える。
「今回の【妖魔大進行】の【主格妖魔等級】が分かった。」
全員が僕と同じく、嫌な予感を感じたのだろう、周囲のテンションが急降下していくような気配が感じられる。
「その等級は――超級だ!」
超級、その言葉を聞いた瞬間、周囲の隊員が一気に固まった。
もちろん、僕もその一人だ。
まあ、それはそうだろうとしか言えないんだが。
超級の場合、上級と同じことが起こると言っても、その格が違う。
それこそ、雲泥の差だ。
上級の場合は最大でも10000体だった低、中級【妖魔】の数がその倍の20000体になり、上級【妖魔】が500から最大で10000体出てくる。
そして、低、中級【妖魔】は、元の1000倍の力を手に入れ、上級【妖魔】は500倍の力を経る。
つまり、低、中級の【妖魔】は上級と等しい力を手に入れ、上級は既に超級にも勝るとも劣らない、残酷なまでに暴力的な力を手に入れるのだ。
そして、【妖魔】は上級を超えると人語を理解するようになるという。
さらには、超級を超えると【魂魄技能】のような超常能力を操るという。
中には、超級でありながら災害級を超えるほどの怪力を持ち、超常能力を保有していない物もいるらしいが、この際はそんなものは関係ない。
多分、今回の任務で90%程の確率で僕は死ぬだろう。
残りの10%で生き残ったとしても、僕の体はもう使い物にならないだろう。
これこそ絶望的な状況だ。
「君たちには、2つの選択が残されている。」
突然、小隊長がそんなことを言い始める。
僕たちはその言葉に耳を傾ける。
「この任務を遂行するか、逃げるか、だ。」
その瞬間小隊をざわめきが包んだ。
ここで逃げると選択をすれば、一生の恥を晒すだけだ。
ただ、この任務を遂行すれば、僕たちは命を捨てに行くようなものだろう。
だが、僕は【00】に入隊するときに覚悟していた。
自分の命を捨てても、人を守ると。
僕は今どんな顔をしているだろうか?
目の前が揺れる。
手に勝手に力が入る。
無意識下で【00】の軍服のズボンを握り締めていた。
だけど、それを恥じることなく、僕は目元に溜まった雫を拭って歩みだす。
既に任務は始まっている。
だから、僕は、僕の任務を遂行する。
「第7小隊、隊員No21番、トーヤ・ナナセ。任務【妖魔大進行】を遂行します!!」
僕はそう声を張り上げると、目の前の魔境大森林に純オリハルコン製の戦闘必須アイテムであり、僕の相棒、【ダイトナイフ】という名のダガーを腰に下げて駆け出した。
後ろで小隊長の僕を呼ぶ声が聞こえる。
それに構わず僕は魔境大森林を駆け抜けた。
何キロ走ったか?
それすら解らず延々と走り続ける。
此処まで、7体の【妖魔】を駆除した。
だが、さらに数万いると思うと気が動転しそうだ。
一応、一掃する方法はある。
主格である【妖魔】を叩くのだ。
だが、僕にはそんな事は出来ない。
僕には、【魂魄技能】がないからだ。
【魂魄技能】さえあれば、もしかすれば――
「おーい! 誰か、誰かいないかー!」
――と、僕がそんなことを考えていると、少し離れた場所から男の人の野太く渋い声が聞こえる。
僕は避難救助者かと思い、その方に駆ける。
そして、その場にいたのは、巨大な体躯を持つ他の小隊の男と、これまた他の小隊の、腹部に大きな傷のある女性だった。
僕はそこに駆け寄る。
腹部に引っ掻かれたような大きな傷がある。
そこからは、赤黒い液体――血液が、ドクドクと流れ出ている。
僕は手元にあった緊急治療薬『止血液』をかける。
すると、血は止まったが、既に貧血状態で危ない。
「おお、ありがたい。ありがとう。」
僕の行動を見ていた男の人が、僕に向かって、そういってくる。
僕は少し照れくささを感じながら、先の事を考えていた。
確かに、今はこれでいいが、ここに【妖魔】が出れば――。
「緊急連絡はしましたか?」
「ああ、さっきから何度もな。」
という事は、ここまでまだたどり着けない位【妖魔】がいるのか。
「、、、解りました。では、僕が戻って治療薬を持ってきますのでここで待っていて下さ――え?」
僕がそう言い切る前に、僕の声は途切れる。
目の前の男の人の頭が突如として消え失せたからだ。
僕はその頭があった場所を見る。
噴水の様にブクブクと血液が垂れ出ている。
そして、ゆっくりとその上半身が倒れていく。
その後ろに見えたのは、鋭利な爪をその手に携えた【妖魔】だった。
この【妖魔】によって、この男の人の首と体は離れ離れになってしまったのだろう。
この、【妖魔】によって、、、。
「――テメエ、、、!!!」
怒りが込みあがってくる。
この【妖魔】に対する怒りと、自分の不甲斐なさに対する、激しい怒り。
頭が真っ白になる。
無意識のうちに体が動いていた。
【妖魔】に向かって駆け出していた。
見たところ、この【妖魔】は中級あたりだろう。
僕には到底敵わないはずの、中級の【妖魔】。
だが、今の僕には、そんなことは関係なかった。
自分の身を守るという生存本能よりも、怒りによる損壊衝動が勝っていたからだ。
だが、そんな損壊衝動よりも、【妖魔】の力の方が、はるかに勝っていた。
「――ウブッ!!」
勢いよく弾かれ、宙に弧を描いて飛ぶ僕の体。
その傍らで、醜く笑うような表情を浮かべる【妖魔】。
僕の体は地面に叩き付けられる。
目の前が暗転する。
息がしづらい。
だが、僕はその【妖魔】を睨み据えて、力強く立ち上がった。
肋骨が痛い。
だが、折れてはいない。
しっかりと体が動く。
僕は【ダイトナイフ】を握り締めて意識を高める。
そして、ゆっくりと深呼吸をする。
僕の眼はだんだん乾いてくる。
だが、それを気にすることなく、【妖魔】を睨み続ける。
身体が熱を帯びていく。
僕は最高点まで意識を高めていく。
そして、駆け出した。
絶対に敵わない相手に向かって、駆け出した。
だが、心なしか体は軽かった。
そして、極度の集中の所為か、身体の変化に気が付かなかった。
軍服の白ラインは赤く染まり、体外、半径1メートル内の温度が一気に上がり、【ダイトナイフ】も熱を帯びていく。
そして、僕は叫んだ。
「――【地獄豪炎】!!」
途端、一気に温度が上昇する。
そして、僕すらも解らないうちに、その【ダイトナイフ】から、炎の剣閃が飛んでいき、【妖魔】に当たる。
気づけば、【妖魔】はいなくなっていた。
正確に言うと、骨すら残さず塵と化していた。
途端、身体が急激に冷えていく。
そして、足から力が抜ける。
緊張が解けたのだろう。
僕はその場に尻餅をついた。
額に大粒の汗が浮かんでいる。
圧倒的な力の差があるあの化け物を倒したことによって緊張が解けたせいだろう。
でも、何故か途轍もない高揚感があり、頭がぽわぽわとする。
状況がうまく呑み込めていない。
僕は一度冷静になり状況を整理することにした。
まず、他小隊の男の人が亡くなった。
そして、それをやったのが【妖魔】で、、、その妖魔を葬ったのが、僕、、、。
どうやったのか?
可能性として考えられるのが、【魂魄技能】の発現。
僕が叫んだ言葉は別に叫びたくて叫んだのではない。
自然と口から出てきたものだ。
「【魂魄技能】は、受諾した瞬間に、その【魂魄技能】の使い方が分かると習ったけど、、、。」
僕に、【魂魄技能】が?
僕は自分の手を眺め、足を立たせる。
僕にはまだ任務が残っている。
もし、本当に使えるようになったのだとしたら、後で使って実験してみればいいだろう。
兎に角、今は一匹でも多くの【妖魔】を倒す事が先決だ。
僕はそう心の中で呟いて、隣にいる女性へ目線を向けて駆け出すのだった。
どうだったでしょう?