誤解が誤解を呼ぶ
目の前の男の顔をまじまじとみるとくりくりと丸い紫の瞳ははっきりとした二重で、女性にもてそうな明るい二枚目が仕事で敬語を使っていますといった恐ろしいほどの女性キラーなギャップもちだ。
「お気持ちだけでけっこうですわ」
ソフィアは感じの悪くならないように気を配りながらもなんとか断ろうとした。彼女の脳裏には『号外! 王太子の婚約者がまさかの密会! 不貞相手は王太子の近衛騎士!?』といったニュースの見出しがありありと思い浮かんだ。この状態は非常にまずい。
「いえ! そんなことをおっしゃらずに!」
チャールズは焦った。このチケットをしっかり渡して帰らないとロイズ王太子に近衛をクビにされてしまう。「チケットを渡すだけという簡単なおつかいもままならないのか」と冷めた目で異動を告げる王太子の顔が見えるようだった。
その必死なチャールズの様子にますますソフィアの疑念が強くなった。この割高なチケットをペアで購入したとなると彼も対となる隣の席のチケットを持っているに違いない。このチケットは返金できないタイプのものだから一方的に購入した恋人が賠償問題を持ち掛けてカップルチケットがカップルブレイカーになると揶揄されていたような気がする。
「私、急いでいますので、ごめんなさいね」
「待ってください!」
チャールズは必死になって引き留めた。彼は女性関係はとても得意だったので押しが強かったのだ。チャールズは姉も妹もおり女性の扱いに長けていたのだ。そこを重宝されてロイズ王太子の近衛になれたというのも実のところはある。
ぎゅっと両手を握られてソフィアは動揺した。
「本当に受け取ってもらうだけでいいですから!!」
チャールズの職と名誉がかかっていた。彼の必死さが声にも表情にも表れていたのだ。
(これは本気の目だわ……!)
ソフィアは戦慄した。固まるソフィアの手にチケットを押し付けて疾風のようにチャールズは走り去っていった。
「きゃあああ! 見ちゃった!!」
口元に手を当てて男爵令嬢アミーユはその桃色の髪を乱して、明るい茶色の瞳をらんらんに輝かせた。
彼女は次のダンスレッスンの生徒として早めにやってきていたのだ。