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二人の出会い


 誰もが会話がなりたたないとさじをなげたロイズ王太子の数式の羅列に、ソフィア公爵令嬢は持ち歩いていたフルートで即興の曲を奏でた。二人の初めての共同作業だった。ロイズ王太子は感動した。彼についてこられるものなど今までいなかったのだ。ソフィア公爵令嬢は感覚が常人よりも鋭い子供だった。彼の心の機敏を敏感に読み取って感傷的な曲を奏でた。ロイズ王太子はその曲を聴きながら素数を思い浮かべていた。


ーー美しいーー


 二人の心は交わらないようにみえて通じ合っていたのだ。ソフィア公爵令嬢は読めない数式の羅列から芸術性を見出し、それを曲にのせて届け、その奏でられた曲の美しさは確かにロイズ王太子の心を打った。

 顔をあげてロイズ王太子はソフィア公爵令嬢の顔をまじまじと見つめた。彼女の碧の瞳は優しげに閉じられ、リズムをとりながら揺れる身体はしなやかだ。銀の髪はきらきらとひかり輝き、彼の心に新しい概念を生み出す。「ソフィア・マーガレットは美しい」という認識が彼の中で形づくられた。他のどれとも比べることのできない、彼にとっての唯一・・として確立したのだ。


 ソフィア・マーガレットは誰もが完璧だと讃える彼の不完全・・・な部分を愛した。ソフィアの繊細な感受性は人の心を映し鏡のように映し出す。彼の内面の不器用さは彼女にとっての癒しでもあった。彼女は彼女で自分の鋭敏な感性に疲れ果て、理解されない思いを音楽にぶつけていた。数学で自らの心を守っていたロイズ王太子と確かに似通う部分を持ち合わせていたのだ。


 十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人というようにソフィア公爵令嬢の奇才は年齢と共に失われていく。彼女はロイズ王太子への愛でもって努力の秀才として彼の隣に立ち続ける覚悟を決めたのだ。一方ロイズ王太子は本物の天才であった。二人の心がすれ違っていくのは必然だった。ロイズ王太子は未だに彼女が彼と同じ内面を持ち合わせていると思っていた。言葉を交わしていても通じ合わない部分が二人の間にあるのだ。









…………



「こっち、こっち~!」


 男爵令嬢アミーユは笑顔で手を振り、人込みできょろきょろしているソフィア公爵令嬢にアピールした。アミーユの今日の服装は活動的な丈の短めの白地のワンピースで、さりげない裾の小さなリボンが愛らしい。

 一方、小走りで駆け寄ってきたソフィア公爵令嬢は黄色い生地のシンプルなワンピースだった。装飾は少ないが素材の良さが引き立つ洗練された型のカッティングが美しい。


「お待たせしてしまってごめんなさい」

「ええ~! 五分前なのに!? 気にしすぎい~」


 額に汗をかき走ってきたとは思えない生真面目なソフィアの様子にアミーユは声をあげて笑った。


「まさかこんなに広いところだなんて……」

「え!? この有名なテーマパークいったことないんです!?」


 今日はアミーユがこの前譲ってもらった観劇のチケットのお礼に、このまあまあお高めの入場料のかかるテーマパークをおごると遊びに誘ったのだ。ソフィアはここに来るのははじめてである。


「うさぎーらんど、聞いたことはありましたがまさかこんなところだったなんて……」

「うそでしょ!?」


 もこもこうさぎがトレードマークのテーマパーク『うさぎーらんど』はアージダ王国で一番大きい娯楽施設だ。入り口付近の出店には頭につけるうさぎ耳の髪飾りが売られており、道行く人々は偽のうさぎ耳を揺らして楽しそうだ。アミーユも桃色のうさぎ耳をつけている。


「かわいいですわね」


 アミーユの桃色の髪に、桃色のうさぎ耳だとまるで獣人かのようにしっくりとくる。ふわふわのうさぎ耳を触りながらソフィアは優しげに目を細めた。普段王太子とのチェスすら娯楽になりえないソフィアにとってはこのにぎやかな空間は目からうろこだった。


「な……なんてこと!」


 アミーユはソフィアの素人感丸出しのうぶな反応に胸をおさえた。普段高嶺の花だとか言われて遠巻きに見られていた公爵令嬢様にもこんな一面があったなんて。


「あっちでうさぎ耳売ってますから! 行きましょ行きましょ!」


 ぐいぐいとソフィアの腕を引っ張ってアミーユはうさぎ耳の髪飾り売り場に誘導した。色とりどりのうさぎ耳から、まっしろなうさぎ耳を取りソフィアの頭に取り付ける。ソフィアの銀の髪に、純白のうさぎ耳が映えた。


「けっこう軽いんですわね」


 頭にうさぎ耳を取り付けられてソフィアは困惑していた。どうやらこのうさぎ耳はこのテーマパークのドレスコードらしい。


「か……かっわいい……!」


 そう、もしこの場にロイズ王太子がいたのならば卒倒してしまうくらいにはうさぎ耳をつけたソフィア公爵令嬢は可愛らしかった。普段ツンツンしている高嶺の花のきゅっとあがったつり目に、このふわっふわのうさぎ耳の超絶ギャップである。そして、何かありました?といわんばかりのこのソフィアの無垢なる表情と、ちいさく小首をかしげているその様子は箱入りのうさぎそのものだ。


「まあ、ありがとうございます……」


 自分の姿が見られないソフィア公爵令嬢は困惑した。あたまに手をやるとふわふわの感触がする。この髪飾りは頭をしめつけるタイプなので長時間とりつけていると頭痛がしてきそうだと心配している。


「せっかくだしプレゼントしますよ! それつけてさっそくいきましょ!」


 アミーユはさらっと代金を払うとソフィアの手をとって走った。二匹の桃色と純白のうさぎがふしぎの国に飛びこんでいくようだ。めまぐるしく鮮やかなテーマパークにソフィアは情報過多でめまいがした。


 ぐるぐると回るコーヒーカップを得意げに操作するアミーユに目をまわしたり、顔より大きい虹色の綿菓子を手に二人で記念撮影をしたり、初めての絶叫マシーンに生まれたての小鹿のように腰を抜かすソフィアにアミーユが大笑いしたりして二人は楽しく過ごした。


「あれ? なんだかあの人みたことあるよーな」


 ふとアミーユが頭を傾げたのをみて、ソフィアはその視線の先に目をやった。


「……え」


 見れば帽子を目深にかぶり、すっかりお忍び姿のロイズ王太子が、金髪水色目の可憐な女性に腕を組まれて二人仲良くうさぎーらんどをまわっているのだ!!!



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