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異文化交流



 ソフィア公爵令嬢の人生の中でもかなりの窮地だった。助けを求めてロイズ王太子を目線で探すが、バイリンガルの彼は流暢に隣国の大臣とおしゃべりに興じている……! いや、二人のあの表情からすると雑談というよりかは政治経済の類の小難しい話をしている。


 ソフィア公爵令嬢は目の前の隣国の王太子シエルを凝視した。彼は肩先までのストレートな紫の髪に、紅の切れ長の瞳を優しく細めてにこやかに語りかけている。この様子だと、小難しい話を振ってきているわけでもなさそうだ。ただの雑談だろう。ソフィア公爵令嬢はとりあえずにこっと笑顔をふりまいた。聞いていますよ~とノンバーバル(非言語)コミュニケーションでのりきることにしたのだ!


「(ああ、同意してくれてうれしいよ)」


 隣国の王太子シエルはソフィア公爵令嬢のこの笑顔を見て、彼女は彼の言葉を理解しているのだと勘違いした。それもそのはず、付け焼刃のスピーチの発音だけはばっちりネイティブだったのだ。ペラペラだと勘違いされても仕方がなかった。


「(これからの季節僕の城ではそれはそれは綺麗なハスという花が湖に浮かんでいてね。君と舟にのって遊覧できたらきっと素敵だろうな。水上の東屋で一緒にお茶でも飲もう)」


 思いっきりナンパしているが、ソフィア公爵令嬢には届かなかった。


(え? ええと? なんですって?? うっすら聞いたことのある単語があったような)


 ソフィア公爵令嬢は【寝てるあいだに聞き流せば君もペラペラ! リスニング日常会話編 ~カルカッタ国~ 】という睡眠学習教材を愛用していた。眉唾物の商品ではあったのだが多少は効果があったようだ。


(ええと花が……きれい?だろう という部分と、~しよう! という部分しかわからないわ)


 これでは完全にお手上げだ。だがしかし隣国の王太子シエルはどうみても会話の返事を待っているかのように言葉を切ってじっとソフィアを熱い瞳で見つめているのだ。


(これは……なにか答えを要求されているわね。聞き返したら失礼かしら)


 ソフィアは笑顔のまま固まった。絶体絶命だ。


「(まあ、すてき)」


 困り果てたソフィアは無難な相槌を打った。ぱっと隣国の王太子シエルの顔色が明るくなる


「(君は本当にかわいいね)」


 隣国の王太子シエルのなめらかな指先がソフィアの左頬を支え、流れるようにソフィアの頬にキスが贈られた。


(??? 挨拶かしら??)


 隣国カルカッタには家族の頬にキスを贈る習慣があるという。ソフィアは未来の家族認定されていたのだ!




 ロイズ王太子は自分の目を疑った。NTR(寝取られ)されている!!!??? なぜだ!!!!

 隣国の大臣と今年度の経済の動向について意見をくみかわしてふとソフィアを見ると、ソフィアは隣国の王太子に頬にキスを許しているではないか!!


(わ……私もまだキスしたことがないというのに)


 ロイズ王太子は気が狂いそうだった。昨日顔から火が出る思いで恋文を手渡したというのにどうしてこうなった!


 右頬にキスを贈られてソフィアは茫然ぼうぜんとした。貞淑ていしゅくなアージダ王国においてはキスなど結婚相手にしか贈ることはない。だがしかし相手は言語も通じない国から来ているのだ。文化が違うのだろう。


 固まるソフィアに隣国の王太子シエルは自分の右頬を指先でとんとんと示して微笑んだ。キスの返礼を求めているのだ。ここでソフィアがキスを返せばこれは彼の国では両想いを表す。


(え? ええと? さっきのキスは握手みたいなものってことかしら)


 ソフィアは混乱した。どうすればいいかなんてまったくわからない。言語だけでなく文化も頭に入れておくべきだった。


 カツカツと靴の音が響き、この国の天才、ロイズ王太子がまっすぐに近づいてくる。彼は漆黒の髪を照明の光に煌めかせ、深い蒼の瞳を冷たく光らせていたが、その口元には微笑を浮かべ、ぱっと見は友好的に歩み寄っているようにすら見える。普段無表情が基本のロイズ王太子のこの薄い微笑みに女生徒は黄色い声をあげた。

 なかなかみられることのない微笑だ! ソフィアも感激した。この貴重な微笑を記憶の中に永遠にとどめておかなくてはと食い入るように見つめている。


「(ああ、遠くからはるばるお越しいただいて本当に感激だ。君の国の婚約というものはこんな旅先の一時の気の迷いでできるものだったなんて文化のちがいというものは本当に奥深いな)」


 畳みかけるように紡がれるカルカッタ国の言語は訛りもなく綺麗な発音でネイティブに遜色ないどころか王都の中流階級以上の教養があることを示す鼻に抜ける発音すら身に着けていた。


 固まる隣国の王太子シエルの差し出されたままの右頬に、ロイズ王太子(・・・・・・)がキスを贈った!!


 会場中に女生徒の黄色い悲鳴が上がる。


「(ああ、私の国ではキスは君の国ほど軽いものではないんだ。そう、人の命よりも重いかもしれないな)」


 顔がふれるか触れないかの距離でロイズ王太子は隣国の王太子シエルの耳元に深く囁いた。彼はキスをするふりをしてくぎをさしただけだ。


 ソフィア公爵令嬢の立ち位置からはロイズ王太子の後頭部しか見えなかった。そして当然彼が耳元で囁いた言葉などききとれるはずもない。


 ロイズ王太子が顔を離した後、隣国の王太子シエルの顔が蒼白だった理由など知るよしもなかった。


(……やってしまった)


 ロイズ王太子は激しく後悔した。ソフィアの頬が汚されたことに頭に血が上ってしまい本来ならそんなことするはずもないことをしてしまった。黒歴史だ。

 

 無事交流会は終わったがしばらく女生徒から噂されていた。何を言われているかなんて考えたくもない。


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