伝わらない恋文
数学テロ注意。暗号にしようと思ったけど暗号を考えるだけの知恵がなかった! ネットで恋の数式拾ってきました。
王国アージダでは国立の学院がある。
ここ国立学院では成績順にクラスが割り振られていた。天才のロイズ王太子はもちろん1クラス、そして努力の秀才ソフィア公爵令嬢も必死に1クラスにしがみついていた。それもこれもロイズ王太子と同じクラスで共に机を並べるためである。クラス内の机の配置ですらテスト順になっており、ソフィア公爵令嬢はロイズ王太子の隣をキープするために死ぬほど頑張っていた。
「おはようございます」
涼しい笑顔で隣の席にあいさつするソフィア公爵令嬢は今日も今日とて百合の花を背負っているかのごとく輝いていた。
「ああ、いい朝だな」
そっけなく返事を返すロイズ王太子はその絶対記憶で今日のソフィア公爵令嬢の前髪の些細なはねを記憶に刻み付けた。
(な……、朝必死で寝ぐせを整えたソフィアの努力と、それでも頑固にはねもどろうとしている前髪の攻防戦が見える……なんて可愛いんだ。日々可愛さを更新していくなソフィア……)
ロイズ王太子の感情の読めない表情の向こう側で彼は大いに悶えていた。
(ああ、ロイズ様、今日もかっこいい……すきです)
ソフィアも涼しげな表情の奥で悶えていた。
「明日は異文化交流会か」
ロイズ王太子はなんでもないように切り出した。明日親交の証として隣国のカルカッタから王太子シエルが我が国アージダに訪れるのだ。王太子シエルは肩先までの長めの紫の髪と、紅の瞳をもつ貴公子のような雰囲気のある美形だという噂だ。
「ええ、楽しみですわね」
笑顔で涼しく答えるソフィアは内心穏やかではなかった。天才肌のバイリンガルロイズ王太子と違って彼女は努力型の凡人だ。隣国カルカッタの言語などペラペラであるわけではない。彼女はもう何年も発音と文法の異なる隣国の言語に四苦八苦していた。明日の交流会で恥をかかないようになんとか一夜漬けで挨拶の言葉を暗記しなくてはならないのだ。
一方ロイズ王太子はバイリンガルなので、言語の心配など一切なかった。彼が気にしているのは美形だと言われている隣国の王太子がソフィアにちょっかいをかけないかという心配だけだ。彼は、ソフィアの気持ちが少しでも揺らぐことのないように先手をうっておくべきだと判断した。
「これを読んでくれ……私の気持ちだ」
メモ用紙にさらさらと走り書きして、ロイズ王太子はソフィアにそっと手渡した。彼は先手をうったのだ! NTR(寝取られ)対策である。
ソフィアは二つ折りされたノートの切れ端を開いた。その目は驚愕に見開かれる。
【9x-7i>3(3x-7u)】
目が……ちかちかしてきた。
ソフィアのロイズ王太子に対する好感度は……逆に下がった!!!
「まあ……ありがとうございます……」
突然の数学の抜き打ち手作りテストだ。ロイズ王太子はソフィアの苦手科目を的確に突いてくる! ソフィアは王太子の気持ちをこう理解した。
(もっと苦手科目にも力を入れろと、そういうことですわね……)
天才ロイズ王太子はこの程度の問題は暗算で秒で理解できる。彼はソフィアがメモを見てうなずいた様子を見てほっと胸をなでおろした。
(伝わったか、ソフィア。そうだ。これはーー
9x-7i>9x-21u
-7i>-21u
7i<21u
i<3u
<3 ←ハート
ーーつまり愛の告白だ!!)
ロイズ王太子は大胆すぎる恋文を渡したことに震えていた。彼は最大限の勇気を振り絞ったのだ!
(ロイズ様……そんなに怒りに震えて……私もっと頑張りますわ……)
ソフィアも震えていた。眉間に皺をよせて震える王太子がソフィアにどう映ったのかはロイズ王太子の知るところではない。
(ああ、せめて明日の異文化交流会ではロイズ王太子の足を引っ張らないように気をつけないと……)
ソフィアは気が遠くなった。
「(ようこそお越しくださいました。我々一同はこの良き出会いを歓迎いたします)」
交流会当日、ソフィアは挨拶の言葉を涼しい顔ですらすらと述べた。その姿は立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花といったところだった。ロイズ王太子はソフィアの横顔の震える睫毛から、彼女の緊張の具合を目に焼き付けていた。
(相当緊張しているな、ソフィア……だが、そこもいい……!)
そんな微細な震えなど絶対記憶保持者ロイズ王太子ぐらいにしか判別できなかったので、ここに立っているソフィア公爵令嬢は豪傑な才女にしか見えなかった。
(はぁ……はぁ……なんとかロイズ様の面目は保ちましたわ……)
ソフィアの目は死んでいた。昨日夜通し丸暗記したこの挨拶はもう二度とつかわないだろうと思われた。睡眠不足が彼女の判断力を低下させていた。
「(やあ、美しいお嬢さん)」
立会式の開放的な交流会において会場内を自由に動き回り、積極的に声を掛けることは悪いことではない。とくに代表挨拶を任されたソフィア公爵令嬢に隣国の王太子がささやかな挨拶にいくことなど何の問題もなかった。
(え? なんですって?)
隣国の王太子に話しかけられているソフィア公爵令嬢はネイティブの発音が聞き取れなかった。
「(君のスピーチはとてもよくできていたね。ぜひ僕の国を案内したいくらいだよ。僕もそろそろ婚約者をつくれとまわりにうるさくいわれていてね。その点君なら僕の国の言語にも堪能だし、見た目もすごく僕好みだ)」
(え? え? 長々となにか語りかけられている……!)




