高嶺(たかね)の花
豆知識
マーガレット『秘めた愛』
王城の植物園の中では四季折々の植物が色どり鮮やかに咲き誇っていた。
その植物園の中に備えられた白いガーデンテーブルにはこの国の王太子ロイズ・アージダとその婚約者ソフィア・マーガレットがボードゲームを囲んでいた。
ロイズ・アージダ王太子は漆黒の髪に蒼の瞳、その硬派な雰囲気とクールな性格が女性に非常に人気があった。天才肌で近寄りがたいことと、彼の婚約者ソフィア・マーガレットが非の打ちどころのない完璧令嬢であったため、観賞用として遠巻きに見られていた。
そして彼と相対しているソフィア・マーガレット公爵令嬢は銀髪に碧目の涼やかな美人だ。彼女は才色兼備の高嶺の花として数多の令嬢の羨望の目で見られていた。かの王太子ロイズ・アージダの隣に立つにふさわしい唯一の人物だと囁かれていたのだ。
だがしかし、白鳥がその水面下で必死に足をもがいているように、涼しい顔をしてそつなくこなすソフィア・マーガレットの内面は大いに努力の人だった。ただその努力を見せていないだけで、ロイズ・アージダ王太子の天才肌に常にプレッシャーを感じ、日常生活のほとんどをかけて天才の秒で理解する内容を何時間もかけてついていっていたのだ。
「ここに移動させまして、チェックメイトですわ」
このささやかなボードゲームでさえ、ソフィア・マーガレット公爵令嬢は攻略本を読みあさり、定石のすべてを頭に叩き込み、はめ手もすべて調べ、万全の態勢で臨んでいた。これもすべて飽きっぽい天才ロイズ・アージダ王太子の興をそがないためである。目の下のクマは化粧できれいに隠した。その碧の瞳がロイズ王太子の蒼の瞳を見上げ、視線が交わると、ロイズ王太子はようやく口を開いた。このボードゲームが始まってから二人はずっと無言だったのだ。
「ああ、まいった」
あっさりと告げられる言葉に、ソフィアは胸をなでおろした。これで七十三回戦で三十六勝、三十七敗だ。あまり戦力差があいてしまうとロイズ・アージダ王太子に見限られてしまうかもしれなかった。彼には一局交えたいという信奉者が列をなすほどに沢山いるのだ。それらをロイズ王太子はすべて実力不足を理由に切り捨てていた。彼曰く秒で決着のつく試合など時間の無駄にすぎない、だそうだ。
「君らしくない苛烈な一手だったな。盤上は心情を表すとかいうが、何か最近嫌なことでもあったのか?」
ロイズ王太子の冷静な考察にソフィアは固まった。同じ手は通じないロイズ王太子に使っていない手がなくなってきたので最近読んだチェスの本の中から挑発的なトラップを使う手を使ったのだ。もしかしたらその禁じ手を考え出した本の作者は荒ぶった性格の人だったのかもしれない。
「ええと、あったのかもしれませんわっ……」
ソフィアの碧の瞳は宙を泳いだ。ロイズ王太子はじっとソフィアの顔を食い入るように見つめている。ソフィアは顔が赤くなるのを止められそうにもなかった。
(ロイズ様……! そんなまじまじと見つめないでください……! 好きです……)
植物園のガラスの天窓から差し込む明るい陽の光が、温室内の緑豊かな庭園と、ロイズ王太子に降り注ぐ。その神々しいほどの後光にあてられてソフィアは卒倒しそうになった。
そう、ソフィアはロイズ王太子にデレデレだった。それなのにこの塩対応。彼女はツンデレだったのだ。